企業研究者として、アカデミア研究者として、創薬イノベーションへ

執筆者
幸田 修一(アスビオファーマ株式会社 探索薬理ファカルティ)
留学先
ハーバード大学医学部ベスイスラエルディーコネスメディカルセンター

私の場合、2009年から11年にかけて2年間、家族帯同で(製薬)会社に在籍しながら研究留学する機会を頂きました。丁度社内で研究していたプロジェクトが無事臨床入りを果し、達成感とともにひとつの仕事をやり終えたという気持ちでいたときに機会を頂けたことと、もともと、もう一度海外のラボで最先端のアカデミア研究を肌で感じ、その研究ネタや形成される研究者とのコネクションを創薬研究に活かしたいという思いが有り、海外留学することに迷いはありませんでした。入社2年目の時に1年間国内留学させて頂き、その時の仕事で数年掛けてようやく学位(博士号)を取得できた頃から、数年間の海外留学希望を会社に出しました。

新緑が綺麗な6月に渡米を果しました。ボストンに家族で住み始めてから1週間後の週末、子供達(息子2人)と怪獣ごっこをして居間を走り回って遊んでいたら・・・ひとつ下に住んでいる住人がうるさいと、我々の部屋にどなりこんできました。凄い形相で現れたので相当うるさかったのだと思います。当時英会話もろくに出来ない状態で渡米したこともあり、ただ謝るだけでしたが納得してもらえませんでした。そこで、日本から何か困ったときに配ろうと思っていた、日本のお菓子必殺“ヨックモック”を早速手渡しなんとか帰ってもらいました。すると翌日、あんなに怒っていた下の住人は、 “Amazing~!!!”と言って私に肩を組んできて、その後すっかり仲良くなりました。

ラボの同僚とも頻繁に飲みに行ったり、ホームパーティーにも参加したり、ハロウィーンやクリスマスと2年間で家族共々アメリカの文化を堪能しました。念願の夢であった大型キャンピングカーをレンタルしてのグランドキャニオンめぐりも達成しました。 研究に関しては、中枢の摂食調節機構における神経ネットワークを介した巧妙なシグナル伝達機構をマウスジェネティックスと最新の研究ツールを用いて解き明かすというもので、実験ひとつひとつを全て個体(マウス)を用いて実施するため、研究計画、準備、実験等とても時間がかかる作業でしたが、非常に興味深い内容ばかりで、成果も上げることができとても充実した濃厚な2年間でした。

私は現在、製薬会社の研究者として日々創薬のことを考え研究を行っているので、海外留学で経験した最新のアカデミアでの研究と製薬会社が行う創薬研究とのつながり・連携の重要性に関する自分の考えも述べさせて頂きます。医薬品開発において、これまでは比較的標的分子のわかりやすい高血圧、高脂血症、消化性潰瘍などに着目した医薬品開発が数多くなされ、ブロックバスターと呼ばれる薬が世にでておりますが、それらの疾患においては治療満足度が高くなるに伴い、新規創薬ターゲットが枯渇し新薬開発は難しい状況にあります。

このような背景から、現在は治療満足度が低く、創薬ターゲットが未開拓であり、アンメットメディカルニーズの高い難治性疾患や希少疾病に対する医薬品開発へと創薬企業の戦略がシフトしつつあります。さらに、FDAで承認された医薬品 (1998~2007年)で科学的に新規な医薬品のオリジンのうち約50%がアカデミアおよびバイオベンチャー発の医薬品であり、狭く深い独自の研究結果や技術をもつアカデミア&バイオベンチャーの存在感が世界的に非常に高まっています(NATURE REVIEWS Drug Discovery, Nov., 2010 P867-882)。アカデミアの強みは、①ネットワークを活かせば有益な研究ツールを迅速に入手・使用可能、②専門性、オリジナリティーが高いことではないかと私は考えています。

企業は精度の高い薬効評価は得意である一方で、アカデミアで自由に使えるような研究ツールがライセンスの問題などでなかなか容易に使用できません。そういった面も含めて、アカデミアのラボの方が企業の研究所より圧倒的にイノベーティブな研究をしやすいと感じています。一方、大学の研究は創薬に直結しないものも多々あり、創薬研究プロセスを進めていくのは当然のことながら製薬企業の方が得意なはずではあります。そうしたことから、今後は大学と企業が手を組み、各々の特徴・強みを最大限活かした形の大きなネットワークの中からイノベーティブな創薬を目指す必要があるのではないかと思います。アカデミアの先生方との積極的なオープンイノベーションにより創薬研究を行い、世界の病める人達のために、一日も早く必ず良い薬を届ける、そのような熱い気持ちと使命感を常に持ち続け、今後も医薬品研究に携わっていきたいです。

最後に、ボストンには”IZAYOI”という素晴らしい日本人研究者の集まりがあります。私も留学時の苦しい時にはボストンの”IZAYOI”で出会った多くの日本人研究者の方々にとても助けられましたし、帰国後の今でも交流が続いております。こうした交流を通じて、さらにどんどん研究者の輪が広がっていることを肌で感じております。こんなにも熱くサイエンスの議論を徹底してできる集まりは、本当に貴重だと思います。そのような研究者のネットワークの中から科学を変えるような研究、更には医療の歴史を変えるような薬を生み出していくことが、我々のやるべきことなのではないかと考えています。

企業からの海外留学は非常に短期間で、研究を仕上げるのは難しいかもしれませんが、その研究の中で培った日本だけでなく他国の研究者とのネットワークというのは宝です。これを構築するためだけでも十分に留学する価値はあると思います。これから海外留学する方々は、様々な不安はあるかと思いますが思い切って一歩前に踏み出してみて下さい。きっとそこには必ず得るものがあると思います。頑張って下さい。

以上

ーーーーー以下簡単に私の研究内容を説明させて頂きます。ーーーーー

脳内の視床下部には摂食・エネルギー代謝など生体の恒常性に深く関わる神経核が存在し、摂食調節は末梢からの満腹・空腹情報あるいは五感からの情報が視床下部にある摂食亢進系(AgRP/NPY)・抑制系(POMC/CART)ニューロンに伝達され、複雑なニューロンネットワークを通じて統合されることで巧妙に行われている。AgRPの過剰発現マウスやジフテリアトキシン依存的にAgRPニューロンを死滅されたマウスの研究から、AgRPニューロンは摂食促進・体重増加調節において重要な役割を果たしていると考えられているが、これまでの報告はその生理的な役割を明確に証明しているとは言い難い。

そこで、我々は、Designer Receptors Exclusively Activated by Designer Drugs (DREADD)テクノロジーというマウスの神経活性を細胞特異的に調節する事ができる研究ツールを用いて、AgRPニューロンの生理学的な役割を明らかにする目的で研究に取り組みました。DREADDにはGqカップリングGPCRとGiカップリングGPCRが存在する。それをアデノ随伴ウィルスを用いてCre-recombinase誘導性に目的の神経細胞特異的に発現させ、このGPCR特異的なリガンドであるClozapine-N-Oxideを作用させることで、神経細胞をGq-pathwayを介して活性化したり、Gi-pathwayを介して抑制したりすることができる。我々は、この目的の神経細胞を簡便かつ自由に、薬物依存的に操作できるDREADDテクノロジーを使用し、急性にAgRPニューロンを特異的に活性化すると急速かつ劇的に摂食を促進し、エネルギー消費を低下させ、脂肪の蓄積を亢進する事を明らかにした。対照的に、暗期直前に、AgRPニューロンの活性を抑制すると摂食が著明に低下した。以上より、AgRPニューロンの活性化は摂食を誘発するのに必要かつ十分であることがわかった(Krashes MJ and Koda S et al, J Clin Invest. 2011;121(4):1424–8.)。また、AgRPニューロンの摂食調節シグナルを伝達する神経伝達物質やupstream, downstreamの神経核を同定する試みについても解析を進めている。

以上の研究成果は2009~2011年の2年間、ハーバード大学医学部ベスイスラエルディーコネスメディカルセンター、Endocrinology divisionのBrad Lowell教授のラボに留学させて頂いた際の成果である。ご指導頂いたLowell教授並びに同研究室で数多くのディスカッションしたポスドクには、この場を借りて深謝したい。今後、DREADDを初めとした様々な最新のテクノロジーを駆使して、中枢神経系における摂食・エネルギー代謝調節機構の解明に向けた研究は一気に進むものと期待している。

2014/09/23

関連タグ
企業留学編
留学のすゝめ!,
執筆者紹介
幸田さんは、大学時代はラガーマンであり、アカデミアでの留学研究そしてご帰国後も、力強く研究を進められておられます。サイエンスに大変熱く、”Izayoi”での勉強会で、幸田さんが研究紹介されたときには、深夜0時を超えて、尚パワフルにトークされたことが思い出されます。 底抜けに明るく、いつも周囲を笑いで包まれる方です。

幸田 修一さんのメールアドレス:koda.shuichi.e2[at]asubio.co.jp
編集後記
留学では、研究や生活において、日本では思いもかけぬ出来事が起こります。日本のアパートでは、気にせず生活できていたことも、アメリカのアパートの壁は、おそらく構造上の違いから騒音や振動として、隣人にビリビリ伝わることがあると、幸田さんの体験記は物語っています。また、そうした隣人とのトラブル時において言葉は通じなくても、ヨックモックに込めた心は、国の壁をこえて相手へ伝わることも大変参考になりました。語学ももちろん大事ですが、こうした言葉を超えた部分でのコミュニケーションは、異国での生活のうえで特に大事なことだと思います。企業とアカデミアで互いに強みを活かし合うことで、世界の医療を変えるようなイノベーションが次々に生まれる未来。その一歩としては、隣人へのヨックモック(心)は何よりも大切なものなのかもしれません。幸田さん、ご寄稿頂き、有り難うございました。
編集者
本間 耕平
UJAでは留学体験記を執筆して下さる方を随時募集しております。ご興味のある方は、UJA留学体験記編集部までお気軽にご連絡下さい。留学体験記 編集部: findingourway@uja-info.org