海外大学院留学後のキャリアパス-Visionを持って、早くから準備を

執筆者
杉村 竜一
留学先
ストワーズ医学研究所、ハーバード大学医学部 / ボストン小児病院(アメリカ)

大学院留学後のキャリアパス情報の少なさ

米国における生命科学系の日本人大学院生(PhDプログラム)は260人と報告されており、ポスドクに比べ10%以下なのが現状です(National Science Foundation 2009調べ)が、その分彼らのキャリアパスに関する情報が少ないのが現状です。私の経験がその一助になればと思います。実際に私は田舎の大学院にいたため、キャリアパスの情報が限られていたこともあり非常に苦労することになりました。かなり回り道し現在はボストンでポスドクをしています。業績を出しただけでは、Visionとキャリアに対するアイデアがなければ次につながりません。非常に個別的な体験談ですが、大学院留学を控えた、あるいは既に留学中の読者の皆様にとって学ぶこともあるかと思い筆を執りました。

米国でPhDを取得しCellに論文が載る-絶頂期、そして留学当初のVisionを忘れる

私は医学部を卒業後、臨床をせずにそのまま米国の大学院に留学しました。当時の留学体験記は他の媒体に複数書いてきたので、そちらを参考にしてください(注)。今回は卒後のキャリアパス経験に絞ります。留学して4年後に無事PhDを取得し、同時期にその仕事もCellという一流誌に掲載されました。この時期、別ラボの後輩から「君の成功の秘訣を聞かせてほしい」と相談されたものです。端的に言うと浮かれていました。次の進路をどうしようか考えもせず、せっかくもう1本論文が投稿できそうだからまずはそれを仕上げようと進路決定を先延ばしにしました。基礎科学の発見を臨床に繋げたいというVisionを持って留学したにも関わらず、それを忘れて継続中の仕事のことだけを考えるようになり、論文を出すという手段が目的となってしまっていました。Thesis コミッティーメンバー達(博士論文審査員)から「遅くとも卒業の半年前からポスドク先のラボとコンタクトをとるものだ」と言われていたのですが、折角の助言に従わなかったのは自分の無知とVisionの喪失からくる失敗だと後に気づくことになります。

PhD取得後、卒ラボにとどまるという安易な選択-転落編

日本では卒ラボに留まり内部昇進することが多いようですが、米国ではアカデミアに進むうえでラボも分野も変え新たな経験を積むことが奨励されます。つまりまぐれヒットで卒業できたのでなく「異分野でもOK」=「コンスタントに成功する人材」か試されています。卒ラボに残る=「企業に受かり仕事開始日までの時間潰し、すなわちアカデミアには進まない」と捉えられることがあります。もしアカデミアに進む場合「(異分野へのチャレンジ精神の欠如)lack of ambition」の烙印を押されることさえあります。私はこの事実を知らなかったため卒業から1年半、卒ラボに残ってしまいました。続きの仕事が順調だったので「もう1本Cellを出せばPI職に応募できる」という安直な期待をしていました。しかし現実は厳しく、その仕事は難関にぶちあたり予想ほど芽が出ないことに気づきました。論文も難航し競合相手に先を越されました。ちょうどこの頃、先ほどの後輩から「今度は君が失敗した理由を教えてほしい」と言われたものです。論文にこだわって何年も居残るという道もありますが、冷静に考えるとこの論文が自分のキャリアにとってどれくらい足しになるのだろう、CellやNatureならともかくそのレベルの仕事ではないことは既に分かっています。もちろん論文を出すことは科学の貢献に重要ですが、それは自分ではなく十分に時間のあるラボメンバーに引き継いでもできます。ましてやコレスポでもないので厳密には自分の仕事とは言えません。基礎科学の発見を臨床に繋げたいという当初のVisionに則れば、基礎と臨床の接点となるキャリアパスを目指してすぐに職場あるいは職そのものを変えるべきです。しかしVisionを忘れている状況でひたすらに悶々とした期間を過ごし、PhD取得から1年半たってしまいました。

もちろん米国でも卒ラボに残って仕事を仕上げることでキャリアにつながる例もあるでしょうが、私自身そのような例を見たことがないので言及できません。良い仕事がまとまりそうなら卒業を先延ばしにすることは多々ありますが、卒後も居残って続けることはあまりおすすめできません。ちなみにハーバード周辺ですと、活躍したポスドクが内部昇進してインストラクターという半独立あるいは若手独立扱いのポジションに着く例も多いですが、院卒業直後はあてはまらないと思います。

留学当初のVisionを思い出し、ポスドクに挑戦

遂に1年半を無駄にしたと悟った2013年の終わり、一旦日本に戻りました。ほんの1週間でしたが同年代の研究者達と会うことで自分のキャリアを見直す機会になりました。今まで論文や継続中の仕事にかまけて、基礎科学の発見を臨床に繋げたいというVisionを忘れていたことに気づきました。VisionがあればStrategyは決まります。基礎と臨床の接点となる研究室でポスドクをしようと決めました。基礎科学のレベルが高いだけでなく、基礎と臨床の間に壁がないPIと働こうと思いました。ここで行動を起こさないと後が無いと思い、米国に戻った翌日からポスドク候補の研究室へ次々にメールを送りました。ポスドク探しの経緯はブログに詳細に書きましたし、日本で学位をとって海外へポスドクで来る場合の例とあまり変わらないのでここでは割愛します。結果としてハーバードにある有名研究室でポスドクをすることになりました。この時期、卒ラボのPIのツテで中国での独立や他のアジア圏での半独立ポジションの話がありましたが、自分のVisionとそぐわないため断りました。

ちなみに米国では卒後の居残り期間はポスドクトレーニングとは捉えられず、単に仕事が終わってなかっただけあるいは企業での仕事開始日までの時間潰しとみなされます。しかしPhD取得後の期間にカウントされてしまうので、例えばK99のような米国の独立グラント申請期限(PhD取得後4年以内)のカウントダウンは刻まれます。またPhD取得後申請期限が1〜2年しかない有名フェローシップも複数あります。私の場合は危惧したとおり、ポスドク開始時にはこれらのフェローシップ(Damon RunyonやHelen Hay Whitneyなど)の申請資格を喪失していましたが、これは仕方ありません自己責任です。

ポスドク後のキャリアにとって重要なファクターとは

ポスドクの後PIを目指す場合について重要なファクターを書きます。もちろん業績が重要ですが、それ以外のファクターで業績をカバーできたり、あるいは折角の業績をダメにしてしまうマイナスファクターもあります。私が現在所属するハーバードメディカルスクールでは毎月いくつものキャリアアップセミナーがあり、キャリア情報を収集し自主的に応募すること、ネットワーキングをすること、そして自分の売り込み方を習得することを強調されます。常にキャリア情報に対してアンテナを張り巡らすことが重要です。以下にハーバードでのキャリアセミナーの一例として「Regardless of PubMed, how to build your career」から紹介します。端的に言うとネットワーキングです。

  1. Networking, networking, networking! 人脈を広げましょう。推薦状にも効いてきます。
  2. Speak as often as you can. とにかくいろんなミーティングで発表して自分を印象づけます。
  3. Collaborate well. コラボは自分の仕事に役立つだけでなく、推薦状やキャリアに直結します。
  4. Travel. すなわちミーティングに参加したり、ふらっと旅行に行った先でも大学を訪問してセミナーしましょう。
  5. Share reagents. 他人に親切に。
  6. Be interested in other people's science. コラボを組むうえで、相手のサイエンスの面白さがわかることが大事です。

またPhD時代のPIの推薦状とポスドクメンターの推薦状はアカデミアに進むうえで米国では非常に重きを持ちます。フェローシップやPI職応募に必要です。もし何らかの理由でPhD時代のPIの推薦状が得られない場合まずいですが、まっとうな理由があればポスドク時代のメンターの推薦状にてその旨を明記してもらうことでレスキューできることもあるそうです。また、中には推薦状を酷く書くことで嫌いな部下のキャリアを閉ざすPIがいるのも事実です。こうしたPIの元に行かないよう、ラボ選びにおける情報収集は大事です。候補ラボの出身者が知り合いにいれば、出身者達の進路やその就活状況、そこにおけるPIの行動(どれくらいサポートするか)を聞いておきましょう。

メッセージ―遅くともPhD取得半年前からキャリアパスの準備を

「この論文が出れば、あるいははこの仕事がおもしろくなれば自動的にキャリアが降ってくる」、という思考様式は少なくとも米国では通用しにくいようです。もちろんある程度の業績とサイエンスへの情熱は必要ですが、それらはこの業界でステップアップする前提(prerequisite)のようです。その根底には近年のNIH予算削減など研究業界への風当たりの厳しさもあるでしょう。現状を考慮するとアカデミアだけに拘るのはあまり得策ではないかもしれません。大学院留学後はアカデミアに限らず多様なキャリアパスがあります。起業したりコンサルタント、医師や弁護士になったり様々です。これから留学を控えた、あるいは留学中の院生の方々には是非とも早い段階から、遅くともPhD取得半年前からキャリアパスを意識していただければと思います。そのために情報や前例となる先輩は必須です。仕事やサイエンスの内容だけでなくキャリアについても話せる環境、友人に恵まれることは非常に大切です。その点、留学先としてボストンは田舎に比べてかなり恵まれた環境といえます。留学先選びのファクターとしてラボのレベルや興味だけでなく、キャリア情報の得やすさも大切だと思います。

これまでの留学体験記

週刊医学界新聞2013年 海外の大学院博士課程で基礎医学を学ぶ
https://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03018_02

週刊医学界新聞2010年 基礎医学で米国留学,3年目の振り返り
http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02890_03

海外ラボレポート2015年 BioMedサーカス 研究の時流
http://biomedcircus.com/special_01_10_1.html

2015/07/16

関連タグ
留学前ドキドキ編,
留学のすゝめ!
執筆者紹介
2008年 大阪大学医学部医学科卒業
同年より米国ストワーズ医学研究所にて博士課程
2012年 PhD取得卒業
2014年より ボストン小児病院ハーバードメディカルスクールにて博士研究員
基礎科学の発見を臨床に繋げたいと思い大学院留学。幹細胞と分化の研究でPhDを取得した後、基礎研究と臨床の接点として細胞の運命決定を操作cell fate engineeringしています。
サイエンスやキャリアの情報発信としてブログ更新中「すぎりおのがんばったるねん
e-mail: ryohichi.sugimura@gmail.com
編集後記
杉村竜一さんは、アメリカの大学院に留学され、その後同じくアメリカでポスドクとしてキャリアを積まれています。今回の寄稿内容は、日本国内の大学院修了後に留学される方が圧倒的に多い中において、とても貴重なものだと思います。
海外の大学院への留学を考えていらっしゃる方、そして海外の大学院に留学されその後のキャリアパスについて悩まれている方、是非とも読んでみてください。(小藤香織)
編集者
Atsuo Sasaki
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