留学によって得る“仲間”という宝物

執筆者
檜井 孝夫(広島大学病院 消化器外科・移植外科 臨床准教授)
留学先
Division of Molecular Medicine and Genetics, Department of Internal Medicine, University of Michigan Medical School

私は、1998年から2006年までの8年間、米国ミシガン州アナーバーにあるミシガン大学(University of Michigan)に研究留学しました。もともと消化器外科医ですが1994年から大学院生として、広島大学生化学教室において菊池章教授(現大阪大学分子病態生化学教授)の指導の下、RasやWntのシグナル伝達系の研究を通して分子生物学の基本手技を学んだ後、大腸癌のadenoma-carcinoma sequence model(多段階発癌モデル)で有名なミシガン大学医学部のEric R. Fearon教授の研究室でポスドクとして大腸癌関連遺伝子についての研究を行いました。途中からマウス疾患モデルの確立に従事したことから、留学期間は当初予定していた2〜3年を遥かに越え単一施設に8年という長期にわたりましたが、振り返ってみるとあっという間の8年間でした。妻と子供2人(長男3歳と次男1歳)を連れて渡米しましたが、在米中に三男と長女を授かりました。留学期間中、本当に多くの方々に支えられて、有意義で楽しい研究生活を送ることができ、家族も全員がすばらしい友人に恵まれました。そこで「留学によって得る仲間という宝物」について、私の経験をご紹介したいとおもいます。

研究室での仲間

留学中に過ごす時間が最も長い研究室での仲間ですが、同じ研究室の同僚にも様々な境遇の人がいます。研究室内での立場(ボス、中ボス、ポスドク、テクニシャン、アルバイトの学生など)、年齢、性別、元々の職業(M.D.かPh.D.かなど)、家族構成などが異なる雑多な人種が集まってそこで研究をしています。日本以上に、米国のラボでは、社会人からの復学者もいれば、M.D. -Ph.D.コース出身の若きエリートボスもいるため、年齢と社会的地位に相関性がなく、人を年齢で見ないという、年功序列を重んじる日本の社会(会社や大学も)とは全く異なった構造になっているのが印象的です。

そうは言っても、やはり背景が近い者同士が親しくなりやすいですが、私はFearon研に後から入ってきて、私のプロジェクトを一緒に担当してくれたトルコ人の病理医Dr. Akyolと非常に親しくなりました。彼は私のできない病理を見ることができ、私は自分の得意な分子生物学的な実験手法を彼に教えることで非常によい関係ができました。彼と知り合って実感したのは、トルコは親日国家であり、日本のことを色々な意味でレスペクトしてくれていることでした。また数世紀にわたる最盛期オスマン帝国時代から続くトルコは、日本にも通じる長い歴史と独自の伝統があり、欧米や近隣アジア諸国の情報にあふれている私たちにとっても、新鮮であり、かつ尊敬できる文化を持っていることを再認識させられました。国籍や文化の異なる同僚と仕事をすることで、自分の国の文化を客観的に見ることができ、とても貴重な経験ができました。Dr. Akyolは今、トルコの名門Hacettepe大学の腫瘍病理学者として活躍中で、今でも研究のことで相談できる仲間であり、いつか若い研究者の交換留学ができたらいいねと話しています。

同じ研究室内の同僚はともすればライバルにもなりかねませんが、私の場合、お互い異なる能力を持ち、信頼し合えたので、楽しい職場環境のなか、共にすばらしい研究業績をあげることができました。

ミシガン金曜会(ミシガン日本人会、本UJA参加コミュニティの1つ)での仲間

留学当初は全く知り合いが無かったのですが、3ヶ月目にして最初に知り合った日本人が京都大学から来られていたH先生でした。H先生の誘いでミシガン金曜会に参加するようになりました。金曜会は、金曜日の夜に集まってビールなどを飲みながら情報交換をする会として発足したことがその名の由来で、実際、ここで日本全国から来られた様々な専門の医師や研究者と知り合い、自分の研究や日常生活の悩みを相談させてもらいました。海外に出て日本人で集まることの意義としては、日本の大学環境などの日本独自の問題は、日本人同士でないと情報交換や相談できないことが多々ある点にあるように思います。また、最も勇気づけられる仲間でもあります。

滞在が長くなってからは、新しくミシガン大学に来られる方から直接連絡が入ってくるようになり、渡米後の引っ越しセール(家具や生活必需品の売買)や住宅の情報提供などをして、お手伝いをさせていただきました。なかでも癌研究をされている方々は、消化器関係はもちろん頭頸部癌(耳鼻科系)や肺癌(呼吸器系)など、日本では異なる学会に所属する先生方や研究者の方々とも親しくなり、今では日本癌学会やAACRなどに参加する場合には連絡をとって、現地ミシガン金曜会を開催して旧友を温めています。留学時代に家族ぐるみでおつきあいした仲間なので、会えば仕事や研究の話はもちろん、一緒にバーベキューなどをしたお互いの家族の話で盛り上がります。

当時は同じ施設から誰もミシガンに行っていなかったのですが、最近では広島大学からミシガン大学に留学する人が増え、金曜会の運営にも関わられたようで、同時期に留学していなくとも、同じ場所に住んでいた仲間意識が感じられ、仕事面でも助かっています。ミシガン大学で最初に知り合ったH先生は、その後、広島大学の准教授になられ、学内では自分の最大の理解者の1人だと感じています。

家族を通してできた仲間

子供が学校や地域の活動に参加していると、それを通して多くの地元の住人や留学生家族と知り合う機会がありました。私の場合、地元の公立小学校のPTAや子供のサッカークラブの保護者として多くの友人ができました。父親同士で創立したサッカーチームにも所属して、毎週一緒にプレーをして、その後スポーツ・バーでビールを飲めば、心通じ合うサッカー仲間です。同じ年代の子供を持つ親同士、悩みも相談することもあれば、妻が妊娠、出産をしたときには、親身になって助けていただきました。

帰国後も学会出張でアナーバーに立ち寄る際、今もサッカーの後スポーツ・バーで飲んでいるところに顔を出すと、みんなが「次回はサッカーシューズを持ってこいよ!」と言ってくれます。子供同士もFacebookなどを使って交流が続いており、帰国後数年たって訪れた時には、ホームステイをさせてもらいました。子供たちも第二の故郷のように感じているようです。今年、大学生になった長男は、夏休みに1人で長期滞在型のホテルに滞在して、私が所属していた研究室や病院の見学に行きました。第二の故郷であり続けるのは、そこに今でも生活している友人たちが沢山いるからだと思います。ある一定の期間、そこで生活し、コミュニティーに属して仲間をつくれば、いつでもまたそこに戻っていける。とくに近年はFacebookなどSNSを使ってリアルタイムの近況を伝え合える時代になり、遠く離れた友人たちとのコミュニケーションもずいぶん容易になってきました。

こうして振り返ってみると、研究は留学の大きな目的ですが、それ以上にその後の人生に大きな影響を与えてくれるのは、留学先で出会った「人(仲間)との絆」という財産ではないかと痛感しています。これから研究留学を考えている方にも、ぜひ、現地で研究仲間を増やすとともに、研究以外の活動に積極的に参加して、その国や地域の文化を学ぶとともに、そこで一緒になった人たちと楽しい時間を過ごすことをお勧めします。日本国内では到底知り合うことのできない多様な仲間との親交を深めることで、人間としての幅が広がると思いますし、世界中どこに行っても、誰とでも協調して仕事ができ、あらゆる状況に対応できる適応力の源になると確信しています。

2015/10/19

関連タグ
留学前ドキドキ編, ,
留学中編
家族・パートナーと留学編
人と人との絆, ,
留学のすゝめ!
執筆者紹介
檜井孝夫
(平成元年、広島大学医学部卒、平成9年、広島大学大学院博士課程修了)

留学先:
Division of Molecular Medicine and Genetics, Department of Internal Medicine, University of Michigan Medical School 留学先指導者: Eric R. Fearon, M.D., Ph.D. Enamuel N. Maisel Professor of Oncology, Professor of Internal Medicine, Professor of Pathology and Professor of Human Genetics, Chief, Division of Molecular Medicine and Genetics 専門分野: 大腸癌の分子腫瘍学、マウス大腸癌モデルの作製 腫瘍外科学、がん薬物療法、臨床遺伝学、低侵襲外科
編集者
坂本直也
UJAでは留学体験記を執筆して下さる方を随時募集しております。ご興味のある方は、UJA留学体験記編集部までお気軽にご連絡下さい。留学体験記 編集部: findingourway@uja-info.org