先達はあらまほしきことなり

執筆者
陽川 憲
留学先
ボン大学(ドイツ)

研究室に配属される学部4年生の頃にはすでに、科学者として生きていこうという熱い思いはあったものの、将来頭に思い描くプロフェッショナルに成るためにはどこから手を付けていけば良いのか正直よく分かりませんでした。また、学部、修士、博士と興味の赴くままに研究分野、所属大学をコロコロと変えてきたので、手本になるような年齢の近い先輩や同級生もあまり居ませんでした。日々の研究を楽しみつつも将来への気持ちが焦っていくなか、博士号審査会直前に国際会議へ出席する機会がありました。そこで出会った研究者とビールを飲みながら、魅力的な研究分野への誘い文句にすっかり興奮してしまい、ホイホイ次年度の行き先をその翌日には決めてしまいました。それが現在のドイツ・ボン大学での上司です。

そうして、学位取得テーマであるプリオン蛋白研究から一転、植物の根の研究と分野を大きく変えたポスドク生活が始まりました。当初はモデル植物であるシロイヌナズナの種子の撒き方、基本的な培地の作製法すら分からずに、毎日学生さんに迷惑を掛け続けでした。ドイツに引っ越して以来、生活上のことに初めてが沢山、研究のことも初めてが沢山、半年ほどはヘラヘラ楽しみつつも随分苦労しました。この初め数ヶ月のジェットコースターのような、熱に浮かされているようながむしゃら感は長期留学経験がお有りの方なら分かっていただけると思います。しかし、ドタバタしながらいつまでも絶望しない、こんな楽天的な性質は異文化に長く居るために適しているのかも知れません。

自己紹介はこのくらいにしまして、今回のテーマの「人の繋がり」に的を絞って述べていきたいと思います。まず、ドイツに来てから、とても感銘を受けたことがありました。それは、人の交流、移動が非常に活発であることでした。現在所属しているボン大学の研究室には在籍学生・ポスドクに加えて、数週間〜数ヶ月単位の短期滞在を行う研究者が常に数人居ます。大学院生であったり、ポスドクであったり、どこかの教授であったりします。アイデアや新たなテクニックを得るために滞在しているので、興味深いテーマの研究を行っている人が多く訪れます。しかし、刺激のある議論が出来るなど良い面だけではなく、異文化の人達と共同生活をする難しさを思い知らされる時もあります。実際に、実験室の清掃、顕微鏡の予約の融通、情報の伝達、こんな日々の細かいところに多くのトラブルの種が隠されていました。日本文化の奥ゆかしさの薫陶を受けて育った身としては少し(時には大いに)辛い思いをすることもありましたが、留学初期に受けたこの強烈なショックは後々非常に貴重な経験になりました。ストレスの溜まる一原因として、知らず知らずの間に、国籍などのフィルターで人を見ていたことに気がつきました。個人的な感想で恐縮ですが、実はこれはかなり深刻な刷り込み、もしくは動物としての行動パターンのようなものに裏付けられているような気がします。そう簡単なことではありませんが、日頃どんな相手でも対する個人として見て、判断し、接するように心懸けてきた結果、私自身の心の負担がどんどんと軽くなっていくように感じました。

こうして得たコツは、日本の方とコミュニケーションをとる上でも実は非常に役に立っています。また、海外で出会った日本の研究者の方達も実際に高い対人スキルを有する方が多く、皆さんも様々な体験をもとに体得されてきたのだな、などと密かに日々感心しています。

色々と手探りで研究を進める中、あるチャンスからCOST(European Cooperation in Science and Technology)プログラムというものに参加出来ることになりました。これはEU枠組みの研究グラントですが、とても興味深いことに予算を受けるためには共通の研究テーマでまとまったEU横断的なチームを形成する必要があります(http://www.cost.eu/ )。例えば、私が参加していたのはCOST Action UV4Growthという名のプログラムで、植物への紫外線の影響をテーマとして持つ20〜30の研究室がEU中から参加していました。この取り組みの目的は、欧州各国間での研究競争ばかりを加速させるのではなく、近いテーマを有する研究室間で情報共有・人的交流を行い協調的に研究推進させるものです。年に何度かのミーティングやテクニカル・コース等がEU各地で行われ、特に若手の参加が奨励されており、そのための費用も予算からほぼサポートして貰えます。サポートを受ける都度、申請書を個々のプログラムの委員会に提出して審査を受ける必要があり、何度も添削やコメントを受けて再提出させられましたが、チェックはシニアレベルの研究者が行ってくれるので、実質的に英語で申請書・報告書を書くための訓練になりました。このプログラムへ参加出来たことで、元々植物研究がバックグラウンドでない私でも、一挙に欧州の第一線の研究者達と出会えることが出来、セミナーやパーティーの場で忌憚なく議論が交わせたことは僥倖でした。イベントがある度に様々な国に旅して、EU各国のポスドク研究者と科学の夢や現実をビール片手に語り合う機会が大いに持てました。まれに、このような交流目的よりも本当の研究のためのお金が欲しいというEU内の研究者の意見を聞くことがありましたが、私自身は、このいかにもヨーロッパらしい取り組みはとても素晴らしいと感じていました。経済上の利害がある程度一致しないと難しいでしょうが、アジア地域もこのような研究交流活動がもっと活発になることが出来ればと感じました。科学進歩はコミュニティーが築いていくものなので、友人作りのため、またはネットワーク作りのために、顔を突き合わせて語り合う時間を持てるというのは本当に重要なことであり、メールや電話による通信よりはるかに効果的であると思います。ポスドクとして新分野に飛び込んで以来、一旦杯を交わしただけで、その後気軽にメールで連絡を取り合うことの出来る世界中の知り合いが本当に増えました(注:いつも飲んでばかりではありません)。

別の取り組みについても少し紹介させていただきたいと思います。2013年より毎年、欧州で活躍している研究者の分野横断的な交流会のお世話をさせていただいています(在欧若手研究者ネットワーク)。元々は2012年にJSPS海外学振研究員の交流用にFacebookにてグループページが立ち上がり、研究員の皆さんが自己紹介を始めました。程なくして、ドイツに滞在している人同士が1つのスレッドに集まり始め、そのうち飲み会でもしませんかという運びになりました。そこで、どうせ研究者が集まるのなら飲み会では勿体ない!ということで、簡単なセミナー&宴会という交流会を企画しました。これが第1回目の交流会となり、ハイデルベルクのEMBL(欧州分子生物学研究所)にて行いました。昨年第2回はワインで有名なリューデスハイムという街のホテルに合宿形式にて行い、夜更けまで熱い議論が終わることはありませんでした。これまでにドイツからだけでなく、フランス、スイス、ベルギー、オランダ、イギリスから遙々参加していただいています。今年2015年は8月末にフライブルクにて第3回目を開催しました。参加者の皆さんによる15分ほどの日本語での自己紹介兼、研究プレゼンテーションは贅沢なフルコース料理のようです。異分野にもかかわらず、情熱たっぷりで、分かりやすくしかも最先端の研究紹介を聞きますと心が奮い立ってきます。正直、海外生活の困ったお話や耳寄り情報などの交換が行われると思っていましたが、皆さん十分にタフな方達でそんな話題よりもむしろ、科学者らしく、多方面にわたる議論の大いなる盛り上がりが例年見られています。昨年は参加者同士がその後共同で論文を執筆するということがありましてとても驚きました。交流会で出会った参加者の方が、それぞれの場所で頑張ってらっしゃると思うと日頃の大きな励みになります。

冒頭で述べましたが、科学のプロに成るためにどうすれば良いのか、いまだ模索中ですが、最近少し分かってきたことがあります。それは、実験や論文執筆を除いて1人で出来る事柄はかなり限られており、何かを実現するためには精神的にも物質的にも支えてくれる人々や仲間が必要であるということです。ただ、これにはいつもべったりしている間柄でなく、お互いに独立した者同士の関係であることが必要だと思います。海外に来て以来、会合などで人が集まり、その場で科学者同士が意気投合して、さあ、新しいコラボレーションを始めよう!というシーンを何度も目にしてきました。初めはスピードが早すぎて、日本の感覚からすると付いていけないような場面もありました。また当初は、知らず知らずに人の陰に隠れて指示を仰ぐ態度をとっていたようで、主体性のなさに呆れられることもありました(つまりこれは日本で身についた悪癖です)。

しかし今では自分の責任範囲でどんどんプロジェクトを進めたり、自分自身が他所の研究室に飛び込んだりする習慣がようやく身についてきました。そういうわけで、最近この流れにいると、ああ、プロの一員にそろそろ成れてきたのかなと感じることが多くなってきました。これまでに様々な科学者に会ってきましたが、私が手本にしたいと思うような人達は、自分に厳しく人に優しい性格で、とても礼儀正しい方が多いように感じます。上下関係や専門分野など分け隔て無く人の話に真摯に耳を傾ける、そのような先達の態度に学びつつ、公明正大に科学の進歩に貢献できる一員になりたいと熱意を持ち続けています。

最後になりますが、留学先という異世界において、心の師と仰げる友人や仲間、上司などを限られた時間のなかで見つけることが出来ればそれは本当に幸せなことだと思います。留学の是非についてはたくさん意見があると思いますが、自分は枠にはまらない、はまりたくない人間だと思う人は一度飛び出して大きな舞台での活躍にチャレンジしてみては如何でしょうか。

2015/10/19

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編集後記
私も学部・修士・博士と分野をかえ、さらに修士のときに、シロイヌナズナの研究をしていたので、冒頭から”おお!”という感じでした。種まき3年といいますが、こうした新しい場所や分野に飛び込んだときに、何が大切なのか大変よく伝わってきました。海外で感じる、私達日本人の気質に気づくことも大事なのだと思いました。コミュニティーがなくても、仲間と出会うことで始めることができます。さらにホテルでの合宿形式での会合、思わず参加したくなりました。陽川さん、ご寄稿くださり有難うございます!(佐々木敦朗)
編集者
Atsuo Sasaki
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