世界で研究人生を楽しむ

執筆者
谷内江 望 (東京大学先端科学技術研究センター)
留学先
ハーバード大学(アメリカ)、トロント大学(カナダ)

私は慶應義塾大学の冨田勝さんの研究室でコンピュータプログラミングを学び、生命情報科学の分野で学位を取得した後、2010年の4月から米国ハーバードメディカルスクールのFritz Roth博士の研究室に留学し、その年の12月からFritzの異動に伴いカナダのトロント大学に移り、計4年半海外で研究しました。Fritzのラボでは分野を一気に転向して、ピペットを握り、試験管や細胞の中に人工的な生命システムを合成する合成生物学を学びました。コンピュータと実際の細胞システムを相乗的に活用して分子・細胞計測を高速化する様々な技術開発を行いました。

若いときからコンピュータサイエンスやバイオ分野で新しいことを次々にやってのけてきた恩師の冨田さんの座右の銘は「夢は持たねば実現せず」で、大学1年生から9年間に渡りその影響を多大に受けた学生時代の私は勝ち気なところがあるものの、ぎりぎり一般的な日本の若者の範疇でした。海外に出て研究する事に憧れはありましたが、英語は下手糞で、あと一歩を踏み出せていませんでした。それでも、おそらくビル・ブライソンの「人類が知っていることすべての短い歴史」(日本放送出版協会) という本を読み「世界って広いな」「人類が積み上げた知識って凄いな」「でも俺の人生ってすげえ短いな」と感じたことがきっかけで、ある眠れない夜に「一生をこの小さな国の中で終えちゃいけない、行かなきゃ!」と布団の中で思い、隣で寝ている妻を起こして「行きたい」「えー。そうだね。」というようなやり取りをして、とりあえず単身で留学することになりました。

Fritzのラボに到着してから信頼されるまでには時間がかかりました。実験実習以外でまともに試薬をさわった事もなければ、ピペットを握った経験もわずかで、英語もろくすっぽ話せないのにのこのこやってきて実験をしたいという日本人にエリート集団ハーバードの環境は甘くなく、コンピュータを使って比較的調子良く研究していた私のプライドはズタズタでした。それでも実験室ではしつこいくらい沢山質問して夜遅くまで実験し、ラボメンバーとの昼食や夕食に”一生懸命”付いて行って耳を大きくして早口の英語にまみれ、半泣きになりながら疲れきって毎日泥のように眠る日々が続きました。同時に、夜一人で静かに実験しているときに、限られた時間ベンチの前に立って能率よく働くための自分なりのアートも見つけつつありました。

1年経ってトロントに移った頃、妻も長女を連れてトロント大学に留学してきて家庭でも研究や留学生活のあれこれを二人で話すようになり、そんな中でターニングポイントは突然やってきました。ラボでRCP-PCRと名付けたある新しいPCRのトリックを上手く動かしてみせると、ある日Fritzに呼ばれて大きなプロジェクトを任されました。さらに1年ほど四苦八苦してそれを軌道にのせると、テクニシャンを二人付けてもらうことができ、もう一人ずつポスドクと学生がプロジェクトに参加し、突然中規模のグループのディスカッションを毎回リードしなくては行けなくなりました。ボストンのコラボレーター達との議論や学会のためにラボ代表として一人で色んなところに出張することが急に増えて責任が増しました。ベンチワークと社交をなんとかフルパワーで頑張って、留学も3年が経とうとしている頃、ある日突然自分がラボメンバー達と毎日楽しく笑ってとてもリラックスして研究できていることに気がつきました。耳を大きくして神経を尖らせずに他愛のない話もできるようになっていました。

Fritzは私が早く独立したいと思っていることを良く理解してくれて、研究のアドバイザーとしてだけでなく、私が頼むとグラントを書くのを手伝わせてくれ、ラボのマネージメントを教えてくれて、トロントで彼がスタートさせた二カ所のラボの立ち上げに大いに関わらせてくれました。ラボの内外に実に様々な国の友人ができました。妻はトロントで長男を出産し、同時にラボで良い研究を続け、家庭ではあたたかい母親として、悩む私を支える理知的なパートナーとして共に海外生活を楽しみました。子供達の笑顔にも支えられました。

私にとっては留学も分野転向も大きく超絶に不安な扉でしたが、空けてみるとバーンと視野が広がって、100%研究漬けの日々。研究者として最上級の時間を過ごしたように思います。昨日の夕方、ラボのジャーナルクラブで議論をリードさせてもらった後、Fritzのラボを離れました。ラボメンバー一人一人とゆっくりハグや握手をして送り出してもらいました。幸運なことに国内に独立して研究できるスペースを頂けることになり、今は世界に広がった友人科学者達とFritzや冨田さんのところで学んだ沢山のことを全力で活かして良い仕事をし、ラボメンバーや学生とこれまで以上にサイエンスの醍醐味が味わえるラボを作りたいと闘志を燃やしています。

2014年9月26日

トロント−羽田便ボーイング787の機上にて。

2015/04/19

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執筆者紹介
東京大学先端科学技術研究センター准教授。JSTさきがけ研究者 (兼任)。2009年慶應義塾大学にて博士号を取得 (冨田 勝教授)。2010年日本学術振興会海外特別研究員としてハーバード大学のFritz Roth博士の研究室に留学。その後Roth博士の異動に伴いトロント大学で次世代シーケンサーを利用したタンパク質ネットワークの高速測定技術などを開発。2012年から2014年までカナダ政府が毎年25名程度選出するBanting Fellow (科学技術分野)。2014年より現職。合成生物学や情報生物学などを横断的に組合わせて生命科学における様々な新しいテクノロジーを開発中。
編集後記
谷内江望さんとは、2010年のボストンでお会いしました。「いざよいの夕べ勉強会」で谷内江さんが発表されたときは、非常にスケールの大きな話もあり、一同で驚いたことが今も思い出されます。2014年の分子生物学会で、UJAの企画として「留学のすゝめ」フォーラムを行いました。その折、谷内江さんは留学を「するか、しないか」は、決意の問題と言われておりました。徐々に固めていく決意もあれば、 瞬間に訪れる決意もあります。谷内江さんを決意の瞬間に導いたビル・ブライソンの「人類が知っていることすべての短い歴史」、サイモン・シンの「宇宙創成」は、私もお勧めします。サイエンスの歴史は人間ドラマであることを、両著は物語っています。多くの人々の経験をシェアすることで、初めて自分のしたいことが見えてくるのかもしれません。谷内江さん、ご寄稿頂き有難うございます。(佐々木敦朗)
編集者
Atsuo Sasaki
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