21世紀の留学のすすめ

執筆者
島岡 要(三重大学・医学部・教授)
留学先
1998-2011年 ハーバード大学

最近の若者の留学離れ?

「最近の若者は内向き指向で、海外には行きたがらない」という最近の言説は本当なのでしょうか。実はそうではなく、よく調べれば海外に対する興味や意欲の2極化が進んでいるのが現状のようです。海外留学や海外勤務などはリスクと見なし、できるだけ安定した生活を日本国内で確立することを最大の目標にする若者がかなりの数いる一方、リスクを取ってでも海外で様々な経験を積み、将来グローバルな世界で活躍したいと感じている若者も少なからずいるのです。「格差はけしからん」と、この若者の海外に対する関心やリスク親和性の2極化を問題視する人もいますが、マクロつまり日本全体でみるとこの2極化はむしろ好ましいのではないかと私は考えます。理由を以下に説明します。

ブラックスワンとアンチフラジャイル(抗脆弱性)

グローバル化が進行するにつれ、世の中はますます予想不可能で潜在的に不安定になります。カオス理論のバタフライ効果のように、地球の裏側で起こったローカルな株価の下落が、回り回って日本に大きな経済的打撃を与え、その結果、研究費の大幅なカット、多くの研究機関や大学の閉鎖、一生安定と信じられてきた常勤研究職の大量解雇などが連鎖的に起こり得るのです。“1万年に1度”などと形容されるように起こる確率は非常に低くとも、一旦起こればそのインパクトが著しく大きな出来事はブラックスワンと呼ばれ、人類の歴史を変えてきました。2007年の米国のサブプライムローン問題を契機に起こったリーマンショックが近年のブラックスワンの一例です。

ブラックスワンはその確率の低さによる予想不可能性と極端なインパクトの大きさによる甚大性のため、従来のリスクマネジメントではとうてい対応できません。そこでブラックスワン研究の第1人者ナシム・ニコラス・タレブは、著書『Antifragile : How to Live in a World We Don't Understand』で、ハイリスク・ハイリターンとローリスク・ローリターンという両極端な生き方を組み合わせるダンベル型人生がブラックスワンに対抗できるアンチフラジャイル(抗脆弱)な生き方戦略であると説いています。ダンベル型人生戦略ではハイリスクの部分が功を奏すれば、大きなリターンが得られますし、たとえ失敗してもローリスクの部分がバックアップになり、人生が吹っ飛ぶことはありません。

ここで日本の若者の話に戻りますと、海外留学に対する関心から見て、日本の若者のリスク親和性が2極化していますが、これはある意味、日本の若者全体としてみれば、ハイリスク・ハイリターンとローリスク・ローリターンという両極端な生き方を組み合わせたダンベル型のキャリアプランが期せずして形成されていることになります。日本の若者は全体で見れば見事にグローバル化時代のブラックスワン対策を行っているのです。今どきの日本の“若者たち”はアンチフラジャイルなのです。

われわれは誰に向けて語るのか

さて、ここまで読んでいただければ、佐々木 敦朗先生が企画されたこのESD (Education for Sustainable Development)なプロジェクト「留学体験リレー」が誰に向けて書かれたものか、また誰に向けてメッセージが語られるべきかは、自ずと自明なはずです。もし若者全員が留学に興味を持ち、2極化構造が崩れれば、日本はブラックスワンで吹っ飛ぶ“フラジャイル”な状態になってしまいます。アンチフラジャイルな2極化構造(=ダンベル型人生戦略)を維持するためには、「若者よ、人生は一度だ。世界で活躍しよう!」と留学をプロモートすべき対象は、海外留学に興味があり、ハイリスク・ハイリターンのチャレンジに価値を見いだす“あなた”だけでなくてはなりません。

自己紹介を兼ねて・・・

私は1989年に大阪大学医学部を卒業し博士号を取得(メンター:清野宏教授・現東大医科研所長)、その間9年間麻酔科医・集中治療医として勤務しました。1998年からハーバード大学医学部(メンター:Timothy A. Springer教授)にポスドクとして研究留学しました。日本での送別会ではCellに論文を書くまでは帰国しませんと宣言しました《=“世間知らず&自信過剰”の重要性!)。ハーバードでは、最初は当時流行の兆しのあったケモカインの機能解析や免疫細胞トラフィッキングのイメージングをしたいと主張。しかし、他の英語ができるポスドクが上手く理由を付けて断ってきた、成功しそうに思えないインテグリンの立体構造解析を、Springerに説得され、主要プロジェクトとしてしまいました《一見失敗のようにみえるが・・》。しかし、その後数年にわたるハードワーク(自分と家族の力)と共同研究者の実力やSpringerの論文を書く力や、運にも助けられ、Cellにファーストオーサーで論文を出版しました《“自助努力”+“積極的他力本願”が人間万事塞翁が馬をおこす》。これがきっかけで2003年にPIとしてラボをスタートし、2004年には景気のいい米国でR01やPPGグラントを獲得、優秀なポスドクを世界から集め、2008年にはラストオーサーでScience論文を発表できました《“まぐれ”または「Fooled by Randomness:なぜ運と実力を勘違いするのか」》。その後2011年に研究だけでなく臨床や教育にも関わりたいと、少し遅めのMid-age Crisisにドライブされ帰国、現在三重大学医学部・分子病態学・教授として研究・臨床・教育やスポーツ・娯楽に携わり忙しいアンチフラジャイルな生活を楽しんでいます《“現実を肯定する勇気”または「起きていることはすべて正しい」》。

このように《》内でコメントをつけたように振り返って主観的に見直せば、私は留学を契機にユニークな(=他人と違う、また市場価値のある)キャリアを歩み始めることができました。このリレー・エッセイを読んでくれている“あなた”、人生は一度です。留学をきっかけに、日本を含めた世界で活躍してください。

2015/04/19

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編集後記
島岡先生とは2012年の5月に、ボストンを訪問されている際にお会いし、昼食をご一緒させて頂きました。島岡先生のことは(http://harvardmedblog.blog90.fc2.com/)や、著作の「研究者の仕事術-プロフェッショナルの根性論」で存じており、大変鋭い視点かつ広い視野を持たれていることに敬服しておりました。お会いした際には、2ヶ月後にシンシナティでの独立を控えた私の状況をすぐに察して下さり、様々なアドバイスを下さいました。ご寄稿文は、留学へ興味のある方へ向けて、留学と人生への示唆に富むものです。個人としてのダンベル型人生戦略を考えるきっかけになると思います。島岡先生、ご寄稿頂き有難うございます。(佐々木敦朗)
編集者
Atsuo Sasaki
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