留学 〜世界で活躍するために〜

執筆者
飯田 秀利(東京学芸大学・教授)
留学先
ハーバード大学医学部ダナファーバー癌研究所(アメリカ)

留学 〜ためらうのはなぜですか〜

人が留学する理由は何でしょうか。若手研究者および学生にとって、その理由は本来単純明快だと思います。すなわち、自分の興味ある分野で世界のトップの研究者とともに研究し、自分を高め、めざましい発見をし、世界で活躍したいから、ではないでしょうか。若い読者の皆さんはそのような気持ちをお持ちでしょうか。もしお持ちなら、もうこの小稿を読む必要はありません。

実際のところ、そのような単純明解な理由だけて留学できたら、留学をためらう人はもっと少ないと思います。ためらいの理由を考えてみましょう。第一の理由は、帰国後に就職できるか不安、第二に、留学の利点が見えない、ではないでしょうか。

 

帰国後の就職 〜日本にいれば就職に有利ですか〜

もし、「留学すれば研究職に就き易くなる」という保証があれば、留学生は格段に増えるはずです。しかし、研究職のどの募集要項を見ても「留学経験のある方優遇」などとは書いてありません。しかし反対に、日本に留まっていれば就職に有利かというと、そのようなことはなさそうです。公募情報はインターネットを通じて国内外を問わず時間の遅れもなく見ることができます。恩師や知人からの「声かけ」も、このE-メールの時代に国内外の差はありません。

職探しにとって大切なことが二つあると私は思います。一つは、研究業績です。これは当たり前過ぎて私が言うまでもないことです。もう一つは、他人と友好的にコミュニケーションを取れる能力です。私の周りの優れた研究者は、国内外を問わず、特に後者の能力に長けているように感じられます。留学は、この能力を高めることに効果があります。なぜなら、複数の国籍の人たちと接する機会の多い国々では、歴史的にこの能力が大切だと人々が認識し、多くの人がこの能力を自然に身につけているからです。日本人がその環境に身を置くことはとても良い経験になります。

留学中またはこれから留学しようとする人に朗報があります。2014年から文部科学省は「スーパーグローバル大学創成支援」を立ち上げ、世界レベルの教育と研究、大学の国際化を推進することをスタートさせました(1)。これにより、大学での英語による授業やセミナーが非常に増えると予想されます。事実、金沢大学は10年後の数値目標として、外国人教員及び海外で学位取得・教育研究歴をもつ教員の比率を50% (550人)にし、外国語による授業科目の割合を大学院課程で100%、学士課程で50%にすると発表しました(2)。これに類似の方針を取る大学は今後増えると予想されます。

 

目に見えない留学の利点 〜そのようなものはありますか〜

上記の「スーパーグローバル大学創成支援」のような国の政策は、確かに功利的観点から見れば、留学が職探しや語学力アップに有利にはたらきます。しかし、留学の利点はそれだけではなく、研究者にそれ以上の良い効果をもたらします。その効果は、就職決定とかTOEICが何点というような形で目に見えることはありませんが、間違いなく研究者を豊かにしてくれます。

第一に、日本人と価値観の違う人たちの存在を知り、その違いを肌で感じることができます。この感覚は、帰国後の仕事に役立つだけでなく、私生活においても役立ちます。

第二に、外国の文化や習慣を知ることにより、日本の文化と習慣を見直すきっかけとなります。たとえば、日本では学年が一つ違えば先輩後輩となり、言葉遣いさえ異なります。この一例からも、日本は未だに儒教国であることが分かります。しかし、日本しか知らない人は、この事実に気づくことはありません。

第三に、留学を真剣に考えることを通して、科学の推進にフロンティア精神が求められるように、良い科学者たらんとする人自身の生き方にもフロンティア精神が求められていることに気づきます。これに気づくことは、研究者を永く続けていく上で大切です。

第四に、留学すると、外国および外国人に対して「外」の国、「外」の人、という特別な感情を持たなくなります。これは研究者が世界で活躍する上で大切な感覚だと思います。

ところで、このように書いてきた私は、1985〜1987年にハーバード大学医学部のDana-Farberがん研究所に留学しました。ここを選んだ理由は、細胞周期のrestriction pointを発見し、当時この分野で世界をリードしていたArthur B. Pardee教授の研究室があったからです。Restriction pointの発見だけでなく、アロステリック酵素の発見やdifferential display法の開発をしたPardee教授から多くのことを学びました。とりわけ、実験結果を総合し、モデルを立てることの重要性を学びました。また、紳士であることの素晴らしさも学びました。更に、日本では未だに大学院生を「ただで使える実験者」と捉える傾向がありますが、Pardee教授を含めその周りの教員は、大学院生にはサービスするもの、という考えがありました。大学院教育の日米の差がここにあるように思います。このことに気づくことも留学の利点だと言えます。

 

エピローグ

最後に、私が留学する前には特別なこととは全く考えず、帰国してから何人かの研究者(特に女性研究者)に驚かれたことを披露したいと思います。それは以下のようなものです。なお、私が留学した当時、日本の大学・研究所は若手研究者が職をキープしたまま約2年間留学できる制度を持っていたことを念頭にお読みください。留学前、私は夫婦で同じ研究室で働いていました。夫婦で留学する際に研究室のリーダーから二人同時に2年間抜けられるのは研究室にとって痛手なのでどちらかは退職してほしいと言われました。その申し出は尤もだと私も考え、そして帰国に際し男性よりも女性の方が職探しは難しいことを考慮して、躊躇することなく私が退職しました。何かのルートでそのことを知った人たちが、とても驚いたと言いつつ褒めてくれました。なぜなら、そのような場合には夫が職をキープし、妻が退職するのが普通だからだそうです。残念ですが、日本では定職に就いている女性研究者の割合は未だに少ないのが現状です。大学院までは女性の割合は結構高いのに、です。留学するとはっきり分かりますが、日本よりもアメリカの方が女性研究者の割合はかなり高いです。内閣府男女共同参画局のデータによれば、研究者に占める女性の割合は、日本13.0%、アメリカ34.3%です(3)。多くの若手が留学して、就職機会における男女平等を深く考えるようになってほしいと思います。

以上、小稿では、1)留学によって職探しが不利にならないこと、2)これからの日本の大学には留学経験者を求める環境ができること、3)留学には目に見えない利点が多いこと、4)留学を機会に研究者の社会において男女平等を深く考えてほしいこと、を述べました。

人生の時間は限られています。せっかくこの世に生まれてきたのですから、上述のことを念頭に留学して、留学中も留学後も世界で活躍していただきたいと思います。

 

参考資料

(1) http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/26/09/1352218.htm
(2) http://www.kanazawa-u.ac.jp/sgu/index.html
(3) http://www.gender.go.jp/whitepaper/h22/zentai/html/zuhyo/zuhyo103.html

2015/04/19

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編集後記
飯田秀利先生とは、 2014年の9月にシンシナティをご訪問された際にお会い致しました。無重力空間における植物の育成に関連した研究を、NASAと共同で行っておられ、ロケット打ち上げに合わせたご訪問でした。東京学芸大附属小金井小学校の校長先生も長く兼任されたご経歴をお持ちです。留学から帰国された後、新たに植物の研究を立ち上げられ、機械刺激の分野をリードされています。飯田先生が述べられているように、スーパーグローバル大学創生支援により、これから10年で日本の大学は大きく変わっていくと思います。大学だけでなく、個人の国際感覚が問われる時代になるように感じました。また女性研究者がより活躍できる環境についても考えさせられました。飯田先生、ご寄稿頂き有難うございます。(佐々木敦朗)
編集者
Atsuo Sasaki
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