留学経験に導かれたiPS細胞研究

執筆者
山中 伸弥(京都大学iPS細胞研究所)
留学先
グラッドストーン研究所(アメリカ)

私は1993年から1996年まで、米国サンフランシスコにあるグラッドストーン研究所にポスドクとして留学しました。もともとは臨床医だったのですが、大学院(大阪市立大学医学部薬理学教室)で研究の面白さに目覚め、研究者を目指すようになりました。大学院では、阻害薬などを使ったいわゆる“古典的薬理学的”実験を行いました。しかし薬物には効果も特異性も限界があります。そんな中、日本にも少しずつ導入されつつあったトランスジェニックマウスやノックアウトマウス技術は、私の眼に魔法のように映りました。留学して、遺伝子改変マウス技術などの分子生物学について本格的に学びたいと思いました。Nature誌やScience誌に掲載されていた求人に何十通と応募して、ようやく留学先を見つけることができました。グラッドストーン研究所では、アポリポプロテインB遺伝子のmRNAエディティングを行うAPOBEC1について研究を始めました。当初の目的はAPOBEC1の脂質代謝における役割を解明することでしたが、トランスジェニックマウスで過剰に発現させてみると癌を誘発することが分かりました。全く予想外の結果に導かれて癌研究を始め、癌抑制遺伝子の可能性のある新しい遺伝子NAT1 (Novel APOBEC1 target #1)を同定しました。ところが、NAT1遺伝子をノックアウトすると、マウス初期発生やES細胞の分化能に必須であることがわかったのです。再びの予想外の結果に導かれて、今度はES細胞研究を開始しました。そのことが、2006年のiPS細胞の樹立につながりました。

留学の3年間はこれまでの人生で最も充実した時間でした。遺伝子改変マウスに加えて、マイクロアレイ、大腸菌人工染色体、ESTデータベースの利用など、多くの最先端技術を学びました。日本に帰国してみると、それらの技術はまだあまり使われていませんでした。アメリカだけでなくヨーロッパ、アジア、オセアニアなど様々な国からの研究者と毎日遅くまで語り合い、ノーベル賞受賞者など世界最高レベルの研究者の方々とも研究について議論する機会にも恵まれました。同時期に留学した日本人研究者とは、今でも家族ぐるみの付き合いをさせていただいています。研究も一生懸命に行いましたが、家族や留学仲間たちとも素敵な思い出がいっぱいできました。恩師からは明確なビジョンを持つことの重要性を教えられました。このような経験や、多様な研究者と切磋琢磨できたことによって、自分の目が大きく開かれ、3年間で私の考え方は大きく変わりました。留学で得た技術、考え方、そして人脈が、iPS細胞開発の原動力となりました。

iPS細胞の報告をした直後の2007年から、京都大学に加えて、グラッドストーン研究所でも再び研究を開始しました。もちろん、私の最大の目標は、日本でiPS細胞の医学応用を推進することです。京大iPS細胞研究所の所長として、20を超える研究チームに最高の研究環境を提供することに注力しています。その合間を縫って、毎月サンフランシスコに行き、数日間滞在しています。行ったり来たりの暮らしを7年以上続けています。毎月たったの数日ですが、私にとって無くてはならない貴重な時間です。アメリカの研究環境がダイナミックに変換していく状況を肌で感じ、論文になる前の最新の技術や成果を吸収することが出来ます。インターネットから入手できる海外の情報は部分的であり、多くの間違いも含まれています。自分の目で確かめる必要が有ります。まさに「百聞は一見にしかず」です。海外の研究者達と実際に会って話すことにより、Eメールの交換やスカイプの会話では教えてくれない生情報を手に入れることが出来ます。私の日米往復は、これからも続きます。

2015/04/19

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留学のすゝめ!
編集者
今井祐記
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