留学するリスク?しないリスク?

執筆者
西田 敬二(神戸大学自然科学系先端融合研究環 特命准教授)
留学先
Pamela Silver lab, Systems Biology Department, Harvard Medical School(アメリカ、マサチューセッツ州ボストン)

留学は様々な負担と予期できない不確定要素を含んでいます。留学先で期待通りの成果が上げられるか、海外での生活になじめるか、また留学後のキャリアはどうなるか、などなど当然不安とリスクがあり、留学しない方が負担は少ないに決まっています。背負うものがあればこそ無鉄砲に冒険することはできません。しかし一方で、留学しないこともまたリスクなのではないのか、というのが私にとって留学を決める際の感覚でした。日本の研究施設はハード面においてはもはや海外に劣らないものに至っていますが、学生数の推移あるいは国の予算という観点からこの先は単純に規模の拡大を望むことは困難であるうえ、目まぐるしい技術革新の加速のなかで従来の考え方や手法や設備がすぐに陳腐化し、さらに新興国が激しく追い上げてくる状況で日本が世界の中で存在感を高く保つにはどうすればいいのか、従来のままに留まることは大きなリスクであると私は感じました。同時にキャリアという観点では大学等のポジションは非常に厳しい競争となり、是非はともかく大学・研究機関の国際化というのも避けては通れないですし、場合によっては自身が海外に活躍の場を見出さざるを得ない状況もあり得るでしょう。そんな見通しの中で博士課程を修了して自分の研究者としての足場を固めた(と思い込んでいる)時でしたが、最もチャレンジできる余裕があるタイミングでもあると感じたので、国だけでなく研究分野も変えてしまおうと思い立ちました。自身の先の10年を考えたときに、従来の分野での展望を描くことが出来なかったと共に、新しい概念や考え方というのはどこからどうやって生まれてくるのかということを、ちょうど新しく立ち上がろうとしている分野の現場で体感してみたいというのがありました。すでに確立した分野に参入して一から身を立てることは割に合わないという打算もあったのですけれども。

留学時の恩師であるPamela Silver教授は、すでに細胞生物学で確立したシニアの研究者でしたが、自身の権威となった従来の研究は全部やめてしまい、その新しい分野に飛び込んでチャレンジを始めていました。私は当時は彼女と何のつながりもありませんでしたが、細胞生物学をベースとしているところに共鳴する部分もあって、いきなりポスドクをしたい旨のemailを送りました。その後、電話でのインタビュー(面接)という、いきなりには強大な難関を辛くも乗り越えて受け入れてもらうことが出来ました。“いきなり電話でのインタビューは大変よね”というフォローに対して、“思ったほどではありませんよ”と返したら笑ってもらえたのが記憶に残っていますが、本当の英会話力・コミュニケーション力の不足は留学後に露呈してしまいます。

彼女は具体的な研究プランを持っているというよりも、チャレンジングな若い人を集めて化学反応を起こさせて「何か面白いことやりなさい」というスタンスであり、よく言えば若い人のアイディアに対して大いにリスペクトを払っていました。ラボに入って最初に、自分のアイディアを持ってこいと言われて、付け焼刃ながらも頑張っていくつか練って持って行きましたが、“似たようなことはすでに誰かやってるんじゃないか”と、さらに“もっと英語を良くしなさい”と言われて激しく凹んだものでした。彼女の印象的な言葉として、“If more than 10% of your experiments work, you are doing the wrong experiments”というのがありました。 それぐらいのチャレンジでないと面白くないという心持ですが、 少なくともリスクが取れる状況においては積極的に取りにいかなければいけないとも言えます。

留学前にはとにかく実力で体当りで行くべきという考えで、“コネ”みたいなものにはとかく否定的でいましたが、容赦ない競争の舞台においてこそ自分の力と可能性を伸ばしてもらえる環境、人的ネットワークまた生きた情報の価値が重要で、それを持っていることも含めての実力であることを身をもって知りました。この一連の留学体験記の企画が、そういった貴重な生きたネットワークや情報源を提供してくれることを願っております。研究者としての思想の自由、本質的に重要で面白いものを見極め追い求めることが出来る感性を磨き続けること、そのために自身をどのような環境に放り込むべきか、この文章を書きながら私自身思いを新たにしています。“When you wonder which way to go, take more exciting one”進路に迷った時の恩師の言葉です。

2015/05/19

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編集者
黒田垂歩
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