ポスドクからの留学先の選び方

執筆者
長田直樹(北海道大学大学院情報科学研究科)
留学先
シカゴ大学(アメリカ)

私は2003年から2004年までの2年弱,アメリカにあるシカゴ大学(University of Chicago)の進化生態学分野(Department of Ecology and Evolution)のChung-I Wu研究室にポスドクとして在籍していました.すでに10年以上前の情報なので皆さんの直接の役に立つかはわかりませんが,時間が経っても変わらない部分もあると思うので,自分の体験を中心に紹介させていただきます.留学というと学部もしくは大学院から海外に行く選択肢もあると思いますが,ここでは博士号を取った後の留学(ポスドクの場合本当は就職なのですが,日本では慣習的に留学と呼ばれていますね)について書きたいと思います.

留学先を選ぶためには,まず「留学をするぞ!」という決心をしなければなりません.私の場合は,学位を取る前から,「研究を職業として続けていくつもりなら将来的に海外に行くべきである」,と漠然とながらも考えていました.科学の世界に国境はありませんから,世界でのスタンダードを知ることは必要なはずです.もう一点重要なことは英語です.好むと好まざるとによらず,英語が書けたり話せたりしないと研究の世界では後れを取ってしまいます.恐らく「海外留学=語学の上達」というイメージは皆さんが強く持っているかと思います.私の場合は,前者については正に進化学の最先端を触れることができ,新しいアイデアが生まれ,発展するところでどのようなディスカッションがなされているのかを目の当たりにすることができました.ところが,後者については,海外留学に行って実際に身に付いたのは,語学の上達というよりも,言葉に多少不自由があっても何とかしてやろうという度胸だったのだと思います.アメリカの大学で教える科学者として成功している世界的に著名先生であっても,流暢とは程遠い会話しかできない先生もいます.逆にネイティブであっても論理がまとまらず言いたいことが伝わらない会話しかできない人もいます.このような体験を直接することによって,英語に対するコンプレックスを除くことが語学に対する一番の収穫だったのではないかと思います.

留学先の選定の話に戻りましょう.留学からの受け入れられやすさは,自分で自分の給料を持っていけるかどうかによって大きく変わると思います.学振PDや海外学振により自分の給料を払えるのであれば,それが1つの実力を示すことにもなりますから,特別な事情がない限りは受け入れを断られることはないのではないかと思います.その場合は自分の研究テーマにマッチしたところを探せば問題ないでしょう.ただ,自分の研究テーマを続けるのか,それとも留学先の研究室のプロジェクトに加わるかは留学前に話し合っておくことが必要です.問題は日本からお金を持っていけない場合(私の場合はそうでした)です.その場合は,自分が相手にとって雇う価値のある人間であるかどうかを相手に示さなければなりません.つまり就職活動です.日本人は自分を売り込むのは苦手な人が多いですが,自分の売り込み方は国によって違うのでその国に合わせたアピールをしなければなりません.アメリカであれば,「沈黙=無能」という評価をされることが多々あるので,一般的な日本人的な感覚よりも少しオーバーに自分を表現(アピール)したほうが良いかと思います.また,海外では推薦書が大きな力を持ちますので,頼まれなくても推薦書をつけてしまってもよいかもしれません.ただしこれも日本人の指導者はあまり書くのが得意ではありませんので期待しすぎないほうがいいでしょう.しかし,幸いにも科学者であれば,「論文」というとても良い名刺があります.もし博士課程もしくはポスドク在籍中に良い論文を発表することができていてその内容を留学先のボスが気に入れば,雇ってもらえる可能性は高くなります.この論文でこの部分の仕事をして,自分はこういったスキルを持っています,ということがアピールできればベストだと思います.

待遇についてですが,特別な理由がない限りは,アメリカでのポスドクの給料はNIHが設定した基準によって決まり,年々少しずつ上がっていきますので,あまり交渉の余地はないかと思います.ただ,現地に赴く前に,受け入れ教員に頼んで書面で給与や勤務条件などについて一筆書いてもらったものを署名入りで貰っておけば,入国から生活のセットアップまであらゆる面で効力を発揮するのでお勧めです.

さて,自分の体験談に戻りたいと思います.私は学生時代にNatureに載ったある論文に刺激を受け(将来のボスとなるChung-I Wu教授の研究室で書かれたものです),同じアイデアを日本で加わっていたプロジェクトに応用できないかと考えて研究を進め論文を発表しました.それに関する話題を日本で行われた国際会議で共同研究者が発表したところ,たまたまChung-I Wu教授が出席しており,期せずして先方から共同研究の打診がありました.そこで,日本の研究室で指導していただいていた先生を通して,向こうのグラントで私を雇ってくれないかと打診していただきました.その後アメリカで行われた学会に参加するついでに向こうのボスと面談を行い,卒業したら研究室に来てもよいという返事を受けたのです.

ここまでは順調だったのですが,当初向こうが予定していたグラントが取れなかったというハプニングがありました(グラントが取れない可能性があるというニュアンスがうまく伝わっていなかったようです).幸い,色々と話し合った結果,少し遅れて別の既存のグラントで雇ってもらうことになりました.ところがさらに,渡米直前に911事件が起こり,アメリカへの入国手続きにとても時間がかかってしまったので,結局卒業から1年ほどもと居た研究室のポスドクとしてお世話になりました.私の場合は幸運なことに所属研究室に居座らせてもらうことができましたが,今考えると,空白期間ができないようにもう少しきちんと交渉すべきだったと思います.海外とのやり取りは基本的に英語でのe-mailになるかと思いますが,細かい条件や待遇など,どうしても行き違いが出てきてしまうかと思います.ここでも自分の意見はしっかりと主張したほうが得になると思います.

簡単に振り返ってみましたが,私の例は僥倖頼みの成り行き任せであり,あまり参考にならなかったかもしれません.ただ,人生については(研究と違って)時間をかけて考えればよい答えが得られるわけでもないので,ある程度下調べが済んだら,とりあえず来た波に乗ってみるということも重要ではないかと思います.本稿が少しでも研究留学を考えている皆さんの後押しになれば幸いです.

2015/08/19

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執筆者紹介
2002年東京大学大学院理学系研究科にて博士号を取得.人類学からスタートし,現在は幅広い生物種の進化について集団遺伝学,分子進化学,ゲノム科学の手法を用いて研究を行っている.2003年から2004年までシカゴ大学進化生態学分野Chung-I Wu研究室にてポスドク.その後,独立行政法人医薬基盤研究所,国立遺伝学研究所を経て2015年4月より北海道大学大学院情報科学研究科准教授.
編集後記
長田さんは非常にsmartでかつactiveな研究者で、どのような留学経験をお持ちなのかという個人的興味半分に寄稿をお願いしました。こちらの寄稿文にある通り、留学は外部要因(何らかのテロや研究室の資金的な問題など)にも大きく影響を受けてしまうため、本人のみの力では及ばないところもありますが、最終的にはなんとかなる(なんとかする)といろいろとその先が見えてくると思います。具体的なアドバイスも多く、いまでも十分に通用するノウハウだと思います。
編集者
中川草
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