既婚者必読!留学では配偶者への配慮も必要です

執筆者
松浦 薫
留学先
Molecular Cellular Physiology, University of Cincinnati(アメリカ)

現在私はアメリカ、オハイオ州シンシナティ大学(UC)でresearch associateとして働いています。何故か? それは研究者をしている旦那がどうしても留学をしたいと言うので仕方なくついていくことにしたからです。英会話、それは私の人生で全く必要のないもののはずでしたが、当時勤めていた研究機関で2年間留学生のテクニシャンをしていたので体当たりで行くことにしました。子供はおりません。
当時旦那は35歳、留学するなら年齢的に最後のチャンスということで留学先を探し始めました。運よく活動を始めてすぐの2011年の1月末に留学が決まったのは良いのですが、4月から働くとの事。その為、私の退職手続引っ越し準備大物家具をどうするか渡航準備等、目の回るような忙しさでした。肝心の旦那は今までの業績をまとめたいと、土日もなく毎日深夜まで仕事。これ自体は今までと変わらないのですがお蔭ですべての雑用が私に回ってきました。留学するならもう少し計画的にしてほしいものです。きちんと理由を話せば4月からではなく6月から渡米など交渉の余地もあったと思います。自分一人のことではないのでもう少し相談してから決めてほしかったです

日本を離れるにあたって色々な手続きがありますが、私たちの場合国民年金に問題が発生しました。日本から離れる間は国民年金を払わないことができるので、市役所で手続きをしたのですが、何を思ったのかその担当者が海外から国民年金を納め続ける手続きを勝手にやりました。ある日納付書が連絡先としてある旦那の実家に届いたことから発覚しました。取り消しは出来ないなど色々言われましたが公文書偽造で代理人を立てて争ってもいいくらいの勢いで苦情を言ってやっと取り消してもらえました。これからはどんな手続きでも日にち、内容、担当者氏名を記録しておかないと危ないと痛感しました

ともあれ、何とか渡米を果たしたものの、シンシナティとはどのようなところかも全く知りませんでした。ブログなどから大学周辺はあまり治安が良くないという情報は得ていました。しかし、どこに住めばいいのか全く見当がつかなかったところ、偶然シンシナティで旦那の知り合いが働いていると知ったので、治安の良い地域を教えてもらいました。アパート探しは1週間と区切ってその1週間はホテルで過ごしました。アパートにはかなり空きがあったのでスムーズに入居できました。ただ、問題がひとつ。大学まで車で40分近くかかることです。電車もバスもなく、車がないと買い物ひとつ出来ません。見知らぬ土地で一人ポツンと家にいるだけの日々は苦痛でした。日々いつ日本に帰れるのか、それだけを考えていました。そのせいで不安神経症という病気を持っていたのですがどんどん悪化し、うつ病に。とにかく家で一人過ごすよりはましなので、旦那のラボのボスにwork permitが取れるまでボランティアでいいので手伝いをさせてくれるように頼み込み、週3日ほど手伝いを始めました。旦那が愚痴を聞いてくれる、外に出ること、人としゃべることが私にとっての救いでした。
勿論うつ病を放置するわけにはいかないので、病院探しを始めました。しかし、留学本によくあるように主治医を決めて専門医を紹介してもらうという通常の手段を取ったところ、肝心の専門医が紹介された病院におらず(数か月前に自分で病院を開いたようです)、主治医に言っても“そんなはずはない”の一点張りで全くらちが明かず。良く調べるとUCで入っている保険は主治医を通さなくても好きな病院を選べるので、UCの大学病院内にある精神科に足を運んでやっと診察してもらえるようになりました。病気がら(不安神経症)あらかじめ日本で通っていた医師との連携を緊密にしておいたので、薬を切らすこともなく相性の良い医師に出会うことができました。9月のことです。持病をお持ちの方はあらかじめ医師と相談の上、多めに薬を持って渡航し、医師が見つかるまでのセーフガードを万全にすることをお勧めします。

さて、きっちり3か月掛かってwork permitが手元に届いたので、就職先を探し始める旨を旦那のボスに伝えたところ、“このままウチで働いていいよ。”とのありがたいお言葉。就職先だけは何の努力もなく決定しました。因みにこのボスはパキスタン人で、中東、中国、日本からの研究員が多かったです。日本にいるとムスリムと接する機会などそうそうないので、ここでの会話はとても楽しいものでした。やはりよくある留学本には政治と宗教の話はタブーと書かれていますが、そんなことはありませんでした。むしろ興味を持って聞く(批判は無し)と仲良くなれ、イスラム教徒とヒンドゥー教徒の事を少し知ることができました。
仕事にも慣れた頃、シンシナティはすっかり冬になりました。通勤時間は通常で40分、事故などで道路が封鎖されることもあり帰るのに2時間かかったこともあります。冬になると雪が降ることもあり、安全と時間を優先してUC近辺に引っ越しを検討し始めました。私はどうしても日当たりの良い部屋が良かったので半年かかりましたが徒歩10分でギリギリ安全ゾーンのアパートに引っ越すことができました。この引っ越しで格段にQOLが上がりました。土日も実験がある旦那も心置きなく仕事に行け、雪でスリップ事故が多発した日も徒歩なので事故の心配とも無縁。子供のいない共働き夫婦はやはり職場近くが便利です。

そのように順調に行っていた留学生活に暗雲が立ち込めてきました。パキスタン人ボスのラボで不正が発覚、研究費が止められるかもしれない!皆が不安な中、旦那に契約更新3か月のみの通達が出ました。3か月かけて日本で職を見つけるか、アメリカに居続けるかの選択です。同じラボに京都大学を卒業した韓国人の研究者(Aさん)の友人でたまに一緒に昼食を取っていた韓国系アメリカ人の助教授(Bさん)が旦那と研究の話でよく盛り上がっていて、Aさんに“彼のような研究者がほしい。”と言ってくれているらしいとAさんから何度も聞いていたので、ダメでもともと、スピード優先!本当は私は日本に帰りたかったのですが、職がないのに帰っても困るので、“すぐにBさんに助けを求めよう!”と旦那の背中を押した(突き出した?)ところ、Bさん曰く“丁度研究費が当たってね、神のタイミングだよ。来て来て!”であっさり次の職場が決定しました。旦那の3度の飯より研究が好き!が幸いして、実質の解雇通知を受けたその日のうちに次の職場が見つかりました。人と人の繋がりは職を得る上でも大切だと思いました。おまけで私もパートタイムで雇ってくれるとの事。元々アメリカではフルタイムで働く予定ではなかったので二重にラッキーでした。今はBさん(韓国系アメリカ人助教授)の元、楽しく働いています。

他にはLinkedInという職探しネットワークがあり、そこに登録すると条件に合いそうな求人があるとメールが来ます。実際に日系企業やUC、派遣会社まで色々求人情報が入ります。それを利用するのも一つの手段だと思います。

最後に、私生活上のトラブルに関しては本が1冊書けるくらいあるのでここでは触れませんが、何事もスピード、正しい主張、証拠(国民年金の件で痛感しました)、更にはビデオや写真なども駆使して何が問題か、どう処理してほしいかを伝えるとよいです。どんなに腹が立っていても顔には出さず一見友好的に話をする、最後の手段で怒るようにして大体の要求は通してきました。英語が苦手で文法滅茶苦茶、発音も怪しい、それでも文字がありますし証拠品は重要な役割を果たしてくれます。どんな方法でも伝わればいいんです。クレームも雑談もどんどん体当たりでいきましょう!

まとめ
*留学が決まったら早い段階で家族に伝え、時期など相談する。
*渡米後は家族が新しい生活に慣れるまでしっかり寄り添う。
*住居は夫婦のみ共働きの場合、子供のいる家庭ほど安全にこだわらなくても職場に近いほうが楽。
*持病がある人はセーフガードを確保しておく。
*アメリカの病院も主治医の紹介なしにかかれる場合があるので自分が加入した保険がどのようなものか簡単にでも調べておく。
*仕事は知人、友人に頼るまたはLinkedInなどのサイトに登録してみる。
*トラブルの際は英語が苦手でも各種ツールを使って泣き寝入りを避ける。

2015/09/17

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編集後記
松浦薫さんにご寄稿頂いた内容は、時系列を追って松浦さんが体験された出来事が臨場感たっぷりに
描かれており、さらには アドバイスもふんだんに盛り込まれていて、かなり読み応えがあります。
これからパートナー・家族とともに渡航しようという方にぜひ読んでいただければと思います。
編集者
小藤香織
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