留学先における体験談-人間関係にフォーカスして-

執筆者
中澤 直高
留学先
シンガポール国立大学メカノバイオロジー研究所

はじめに 私は、2013年から、シンガポール国立大学メカノバイオロジー研究所で研究員をしています。学位をとって間もない研究者ですが、今回、留学中の人間関係にフォーカスして、体験記を書かせていただきます。個人的な意見と少しの経験談ですが、留学を考えている方々の参考になれば幸いです。 シンガポールに世界各国から学生、研究者が集まっている 海外で生命科学の研究をするならば、多くの人が欧米を考えると思います。「生命科学の研究のために東南アジアのシンガポールに留学するの?!」というのが、周りの方々の正直な意見だった気がします。私の最初の希望も、アメリカの大学でした。しかし、希望していた研究室の主宰者が、シンガポールでラボを運営しているということで、そのボスの元で研究ができるならばと、シンガポールでの仕事をスタートさせました。中国、インドからの留学生や研究者が多いとはいえ、思っていたより欧米からの研究者も多く、驚きました。 公用語は基本的に英語(実際には、中国語とマレー語も含まれていますが)で、老若男女が英語を話すことができます。また、シンガポール政府は、有望なプロジェクトに関して研究費を潤沢に投資しています。そのような理由から、様々な国から多くの学生や研究者が集まってきています。アジアにいながらにして、経験豊富なシニア研究主宰者やアグレッシブな若手研究主宰者と交流をもてる機会が多い点は、私のような若手の研究者にとっては大きなメリットです。さらに、シンガポールは国土が狭く、全ての研究施設が東京都23区内に集中しているようなものなので、物理的にも研究者同士が交流しやすい環境が整っています。 また、日本人研究者も多く在籍しており、Japanese Association of Scientists in Singaporeというシンガポール在住の日本人研究者の勉強、交流の場もあります。これは、どの国に留学してもそうだと思いますが、国内にいる時よりも、異分野の研究者の方と接することのできる機会が多くなると思います(いい意味でも、悪い意味でもある程度、日本人で固まるため)。私自身もこちらで発表の機会を頂き、その際多くの助言を頂いたことで、非常に勉強になりました。研究者だけでなく、様々な業種の方も参加されるため、人間関係を広げるいい機会となっています。 オープンラボ形式は異分野研究者とのコミュニケーションを促進させる 私の所属するメカノバイオロジー研究所では、オープンラボ形式を採用しています。個別に与えられた実験台やデスクは、研究室の所属に関係なく、ごっちゃまぜにされています。そのため、所属の異なる研究者が実験している様子を、間近で見る機会によく遭遇します。その実験が、私にとってなじみの薄い実験のときもあり、興味が湧くことが多々あります。そんな環境からか、異分野の研究者とのコミュニケーションの機会が自然と多くなる気がします。最初の頃は、私の実験台にあるものを勝手にもっていく人や共通機器(ここでは、ほぼ全てのものが共通機器です)の時間を守らない人などに、イライラすることもありました。しかし、そんな人に自分の意見を言ったり、共通機器の使用時間の交渉をしたりと、いろいろな人間と交わる機会を得ることができたのは、今となってはよかったことだと感じています。また、研究所自体で、個々の人間関係を壊さないような工夫もされています。例えば、安全管理用のカメラが、研究所内のあらゆる場所を録画しています。この録画データをチェックすることで、管理チームが各研究員の行動を把握できるため、問題を個別で相談すれば対応してくれるということもあります。このような面は、息が詰まる気がしますが、様々な価値観をもった外国人の行動をうまくコントロールするには、このような管理も時には必要なのかもしれません。 “態度で示せ”は万国共通なのではないか 私の現在のボスは、ニューヨークのコロンビア大学にもラボをもつアメリカ人です。留学してちょうど1年経ったある日、ボスに呼ばれて彼の部屋に行ってみると、「君は1年経っても英語の上達度が低い。いつになったら英語が話せるようになるのだい?」と厳しく説教されました。だいぶ上達したと思っていた英会話のことで説教を受けたのはショックでした。この体験は、もしかしたら欧米での留学先では当たり前のことかもしれません。しかし、シンガポールではコミュニケーションがとれれば問題ないというスタンスの人が多いため、英語に関して厳しいコメントをくれる人は貴重な存在だと思います。この時のボスの叱咤は、言葉に対する問題だけではなく、私の“甘えた態度”が問題だったと、今では感じています。英語でのコミュニケーションに関して準備不足で留学を開始した上、思えば最初の1年は、“英語を話せない人間”に寛大な環境への“甘え”をもっていました。おそらく、ボスにそのような態度を見抜かれていたのだと思います。 留学前は、“外国人は他人に対して、ぞんざいな対応をして、ほっぽり出す。英語を話せない人に対しては、なおさら”という漠然としたイメージをもっていました。しかし、シンガポールに来てみると、ほとんどの方が親切で、事務手続きや実験方法などで困っていると、すぐに助けてくれます。さらに、日本人研究者も所属しており、いざとなったら日本語で色々とやりとりできる環境であることも“甘え”が生まれた要因だと思います。 ボスからの叱咤を受けて、2年目からは、日本人同士であっても研究所内では英語で話すようにしたり、英語が堪能な同僚に発表資料をチェックしてもらったりと、英語の“質”を向上させることにも取り組みました。そんな姿勢が功を奏してか、ボスとの関係は2年目、驚くほど深くなったような気がします。現在進行中の研究に関することだけでなく、一般的な研究計画の立て方や進め方、サイエンスに対する姿勢も議論するようになりました。印象的だったのは、プレゼンテーションの仕方について細かなアドバイスをくれたときのことです。私が作ったスライドを彼が発表しながら、2人きりで部屋に籠って、ポイントをディスカッションした際は、研究員である私にも、ここまでの教育をしてくれるのかと感じました。もちろん英語でのコミュニケーション能力が改善されたことも理由かもしれませんが、“どのような態度で物事に取り組むか”ということを重視する点ではどこの国の人も大きな差はないと感じています。 自分が何かを与えることで信頼関係が生まれる 留学してから思うことは、“他人ができないことをできるのは、言葉を話せることと同じくらいの強み”だということです。これも留学開始から2年過ぎたころ、研究所内のメンバーから、いくつかの実験技術に関して、質問を受けることが多くなりました。その要因の1つが、“私の得意分野”を分かってもらえてきたことだと思います。当たり前のことかもしれませんが、質問者は本当にそのことが知りたくて、英語のつたない日本人に聞いているわけですから、こちらが少しぐらい言葉足らずでも辛抱強く聞いてくれます。前にも述べた通り、研究所内の人間関係は密なため、“こういう技術なら、あの人に聞けばいいよ”という口コミが広がり、どんどん質問が多くなってきました。こちらにとっても、これは都合のいいことで、このころからディスカッションやコミュニケーションの機会も増えてきました。研究所内のメンバーにとって、プラスになるような技術を広めていると、授業をやらないかという話まで舞い込んできました。私の研究所では、研究主宰者が大学院生向けに行っている授業のアシスタントを有志で募集し、教育の機会を与えてくれます。それとは別で、実験演習付きの授業を割り振ってくれ、学生や研究員の前で話をさせてもらう機会をいただけました。 もちろん、キレイな英語を話せることがベストだとは思いますが、その点だけにこだわらず、“自分が周りに与えることができるものは何なのか”ということも念頭に行動することで、お互いの信頼関係が生まれ、より多くのコミュニケーションも生まれるのではないかと思います。 おわりに 留学におけるメリットの1つに、様々なコネクションを得る機会に恵まれるということが挙げられるでしょう。近年のシンガポールは、科学研究に多大な投資をし、世界中から研究者が集まってきています。確かに、今のところ、欧米ではなくシンガポールで研究をした研究者が、その後、どのような功績を残していけるかどうかは未知数です。実際のところ、ある知り合いに“シンガポールで友人になった研究者がその後生き残り、有効なコネクションとなる可能性は低いのでは”と言われたこともあります。しかし、シンガポールでの友人のなかには、アカデミックや企業で活躍している方々もいっぱいいます。留学中はそんなことは考えず、普段交わることのできない人間関係を広げていき、同時に自分の世界の見方をどんどん広げていくことが大事なのではないでしょうか。なぜなら、どの国に留学するのかということよりも、培ったコネクションを最大限生かせるように、自分自身で道を切り開いていくという気概が大事だと思うからです。 留学先のSheetz研究室を含めた、メカノバイオロジー研究所のメンバーをはじめ、国内外の友人や家族には留学中、さまざまな面でサポートしていただいております。また、川内敬子博士(前メカノバイオロジー研究所シニア研究員、現甲南大学講師)には、来星前から大変お世話になりました。この場をお借りして、御礼申し上げます。

2015/10/19

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編集者
黒田垂歩
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