イタリア留学で学んだこと:人の絆と研究と、ときどきワイン

執筆者
藤村 篤史
留学先
Italia, Università degli Studi di Padova, Dip. Medicina Molecolare, Stefano Piccolo

私は2015年5月末までイタリアのパドヴァ大学というところに研究留学しておりました。多くの皆さんがイメージされるように、海外への研究留学といえば米国が第一に、次いで英国やドイツ、フランスなどが挙がると思います。そのイメージのとおり、やはりイタリアにおける日本人の留学生はもっぱら語学留学生ばかりで(フィレンツェやローマを旅行されたことのある方なら、市場で日本人を対象にした商店などで彼らが働いているのを見たことがあると思います)、イタリア全土を見ても日本人研究者のコミュニティは他国のそれとは比較にならないほど小さい規模であると言えるでしょう。ましてパドヴァという、観光案内でもふれられる機会の少ない小規模な街の中では、日本人を見つけることさえ容易ではありません。そんな中、まさに奇跡的ともいえる幸運によって、私は多くの大切な仲間との絆を育むことができました。

パドヴァという街は観光という視点でこそ特筆すべきものが無いにせよ(無い事は無いのですが、筆者にはどれもピンときませんでした)、大学街としては有数の歴史と伝統を誇る街であります。1222年の創立以来数々の著名人が関わっており、かのガリレオ・ガリレイが研究・教鞭を執った物理学分野、私たち生物研究者の誰もがその名を耳にしたことのあるヴェザリウスやファブリツィオ(ファブリキウス嚢でおなじみ)などが教鞭を執った医学部分野などが特に有名です。また、医学部に併設された解剖施設は世界最古のものであるとされており、同国のボローニャ大学とならんで、歴史的にも大変重要な大学であると言えます。現在においてもイタリア国内で研究が最も盛んな大学の1つであり、筆者の所属していた医学部の他にも、物理学部や工学部で重要な研究拠点となっています。

海外留学につきものの一般的なトラブル・悩み事は挙げていたらきりがありませんが、とりわけイタリアという国ではあらゆる面でそれが容易に顕在化しがちであると言えます。本稿は「やっちゃったこと」ということで原稿依頼を受けていますが、語弊を恐れずに言えば、イタリアという国自体がある意味で「やっちゃっている国」ですので、その体験を簡素に記載しさえすれば、本稿の目的に沿ったものになるのではと考えます。

例えば、日本人コミュニティの間でよく話題に挙がるのが、書類のもつ意味の重さ(軽さ?)です。私たち日本人は、日常生活においても仕事上の諸手続きにおいても、書類をベースにルールづけられているのに慣れており、時に煩雑なことがある一方でそれらを揃えさえすれば確実に物事が前進しますが、イタリアにおいては必ずしもそうではないのです。官公庁ですら「その時々」「尋ねた場所」「担当する人間」によっていうことが異なり(ビザの取得や滞在許可証の発行についてさえ!)、日本人同士の情報共有に際しても共通項が乏しいことが多々あり、結局次に来る日本人のためにどのような情報を用意してあげれば良いのか未だに統一した意見が持てずにいます(もちろん、在日伊大使館・領事館の言う通りに手続きをするのが一番確実であると思います)。このように書くと、読者の方の中には「イタリアという国は随分とずぼらな国だなあ」とお感じになられる方がいらっしゃるかも知れませんが、その認識は決して間違っておりません(笑)。青果市場などでは釣り銭を間違えられることは日常茶飯事ですし、スーパーでも野菜が腐っていたり、カビが青々と生えたケーキがいつまでも売られていたりと、とにかく注意が必要です。

大事なことは、こういった現実をどう受け止めて、どう振る舞うかだと思います。つまり、この国はこういうものなのだから仕方ないと割り切る必要があると思うのです(余談ですが、ラボのイタリア人同僚たちに「“When in Rome, do as the Romans do”という言葉があるね」といっても、「どういう意味? 初めて聞いたフレーズだ」と言われました。元々がラテン語らしいので、イタリア語にも同様のフレーズがあると思うのですが、英訳したらピンとこないのかもしれません)。正直に言うと、街を歩いていると嫌な思いをすることが少なくありません。イタリア語がある程度聞き取れるようになると、聞きたくない言葉もよく耳にすることになり、気分を害されることが多々あります(イタリア語会話では汚い言葉や人種的侮蔑の言葉が頻繁に聞かれるのです)。観光で旅行するのと実際に住むのは違うとはよく言われることですが、イタリアに実際に住んでみて本当に痛感しました。

しかし、嫌な思いをすることが多い反面、街の人々とのふれあいやラボの同僚との楽しい会話で嬉しい思いをすることも多いので、全体的には±0かもしれません。嬉しいときには全身で喜びを表し、怒ったときには大声で相手を怒鳴りつけ、悲しいときには人目も気にせず泣き、嫌なことがあると汚い言葉で相手を罵る、そういった率直な感情表現はイタリア人ならではだなあと思い、観察対象物としては楽しめるのですが、時々疲れることがあります。そういった時には、日本人コミュニティの仲間たちとおいしいワインを呑みながら笑い話にすることで、気持ちをリセットしてきました。

わずか2年半の短い間でしたが、なんとか仕事をまとめることができたのは、とりもなおさず、ラボの仲間達のサポートとStefano Piccolo教授の強力なリーダーシップのおかげであると感謝しております。彼らとの出会いは、今後の研究の方向性を決定づけるものであり、これからもこの絆を大切にしていきたいと思います。また滞在にあたり、アステラス病態代謝研究会および日本学術振興会海外特別研究員制度の心強いサポートがあったことも特筆すべきことであります。金銭面で心配事がなく、研究に専念出来る環境が整っていたことは大変有り難かったです。さらに、ラボ外で悩みを共有し、それに対して前向きなアドバイスをくれた日本人研究者の仲間達にも心から感謝しています。彼らとともに呑んだワインの味は、時に甘く、時にほろ苦いものでありましたが、彼らが同じパドヴァという街にいなければ、もしかしたら私は挫折していたかもしれません。

人と人との絆がやはり大事です。それは、研究者同士だと特にそう思います。ストレスフルな生活環境を強いられるイタリアで特にそれを痛感するなあ、と今更ながらに思う次第です。

追伸:イタリアへの留学を考えていらっしゃる方へ。イタリア語はぜひある程度習得して行ってください。日常生活でのストレスが随分と軽減されると思います(ラボでは英語を使われるので問題ないでしょうが、街の人々はほとんど英語を話せません)。

2015/10/19

関連タグ
留学中編, ,
人と人との絆
留学のすゝめ!
執筆者紹介
名前:藤村 篤史(ふじむら あつし)
留学先:Italia, Università degli Studi di Padova, Dip. Medicina Molecolare, Stefano Piccolo Lab. (イタリア パドヴァ大学 分子医学分野 ステファノ・ピッコロ研究室)
現所属:熊本大学大学院生命科学研究部 分子生理学分野 特任助教
編集者
黒田垂歩
UJAでは留学体験記を執筆して下さる方を随時募集しております。ご興味のある方は、UJA留学体験記編集部までお気軽にご連絡下さい。留学体験記 編集部: findingourway@uja-info.org