離れても繋がっている仲間たち:ウィーンへ里帰りして考えたこと

執筆者
土松 隆志(東京大学)
留学先
グレゴール・メンデル植物分子生物学研究所(オーストリア),チューリッヒ大学(スイス)

ポスドクとして2年半を過ごしたオーストリア・ウィーンで国際学会が開催されるというので,つい先日参加してきました.約1年ぶりの里帰り.昔の同僚や友人に会えるのが学会以上に楽しみで,たまった学生レポートの採点をなんとか終わらせ,成田空港へ向かうバスへ飛び込みました.
ウィーンでは,グレゴール・メンデル研究所という植物科学の研究所でポスドクをしていました.その前は隣国スイスのチューリッヒで約4年.欧州での都合6年以上に及ぶ研究滞在で私が得たものは何か.今回欧州の地を再訪し,それは多くの同僚や共同研究者との世界的な繋がりであったとの思いを新たにしています.

ウィーンの研究所でポスドクを始めたときは,それはもう衝撃の連続でした.ボスはちょうどカリフォルニアからラボごと移ってきたばかりの方で,そのまま連れてきた学生・ポスドクも多く在籍していました.国籍はアメリカ,スウェーデン,フランス,メキシコ,ロシア,中国など多様で,地元オーストリア人はむしろ少数派.ラボはカリフォルニアの空気をそのままウィーンに持ってきたような雰囲気で,一言で言うと超カジュアル.ありとあらゆる形式や決まり事を徹底的に排除して,とにかく楽しいこと――つまりは研究(と遊び)――に集中する.皆好きな時間にラボに来ては,好きな場所と格好で仕事をします.ソファーに寝転がってプログラミングをしたり,部屋の各所に置かれたホワイトボードの前でコーヒー(時にはビール)片手に議論をしたり.
研究室セミナーの日程表がないのも驚きでした.セミナー前日に,ラボのメーリングリスト代わりに使われているGoogle+で「Does anyone say something tomorrow?(明日誰か何か言いたいことある?)」といった調子で呼びかけがあり,ちょうど議論したいことがある人が発表をするという形式です.「こんな変な結果が出たんだけど,どう思う?」と飛び込みで図を1枚出して議論するのももちろんOK.
インフォマティクス系のメンバーが多く,かつ実験生物学者との共同研究が多いということもあるのでしょうか,とにかくメンバー間での議論を大事するラボでした.データをどのように解析するか.出てきた結果をどう解釈するか.論文の構成をどうするか.ホワイトボードの前で,セミナールームで,あるいは研究所のカフェテリアで,ワイワイと議論をして研究をビルドアップしていきます.異分野の研究者が集まって新しいサイエンスをするには良いスタイルだったと思う一方,高いレベルのコミュニケーション能力と語学力を必要とされるのも確かで,ひとりコツコツと研究を進める「典型的日本人」だった私には,なかなか馴染めないものでありました.議論に口を挟もうにも,皆周りを気にせずにどんどん喋るので,なかなか割り込めない.まあいいかと黙っていると話は進んでいき,しまいにはまったくフォローできなくなる――この疎外感は精神的にもなかなか堪えるもので,異動して最初の数ヶ月はウィーンの寒々しい冬空も相まって,前のラボに帰りたいなどと大分気弱になっていました.

少しずつ馴染んできたと思うようになったのは,ラボに来て1年くらい経ってからのことです.多少の語学力の向上もあったのかもしれませんが,それ以上に大事だったのは,以下の2つのことを意識するようになったからだったと思っています.
1つ目は,何か思ったことがあれば何でもその場で必ず口に出す,ということです.口に出さない限りは,自分の主張も不満も提案も,何も伝わりません.誰かが気を遣って話を振ってくれるなどということは一切期待しないこと.どうしても言いたいことがあれば,周りのウルサイ人たちに被せてでも何か言うこと.そして,自分が誤ったことを言って否定されることはよくあることですが,それは別に気にしないこと.
2つ目は,自分のやってきたこと,今やっていることに自信をもつということです.憧れのラボに入った私は当初,ボスを含め他のメンバーを必要以上に畏怖していたように思います.もちろん尊敬するべき点はたくさんあるのですが,誤りを言うこともまた確かです.自分がこれまで取り組んできたことや今のプロジェクトについては,自分が一番よく分かっているはず.萎縮せずに自分が正しいと思うことをはっきり言おう.それで否定されたらまた考えよう.気の持ちようをこのように意識的に変えていったことで,少しずつ有益なコミュニケーションを取れるようになり,そのことがさらに確かな自信に繋がっていったように思います.
最初はメンバーにほとんど相手にされなかった私も,だんだんと研究の助言を求められたり,研究室内外の共同研究に誘われるようになりました.自分のサイエンスを評価し必要としてくれている人がいるのだと思うと,これは非常に嬉しい変化でした.この共同研究のうちのいくつかは日本に帰ってからも続いているもので,このような繋がりのきっかけを作ってくれたボスには感謝しています.

ラボは,同分野で同じくらいのキャリアステージにある人たちが集う場でもあります.同僚のポスドクたちがジョブトーク行脚に出かけたり,職を得てグラントを申請したりといった様子を目の当たりにするのは非常に刺激になりました.アメリカで,欧州で,そしてアジアで独立して今後この業界を担っていく若手研究者との繋がりができたのは,欧州に6年滞在して得られた最も重要な財産だと感じています.「同じ釜の飯を食った」というと言い過ぎですが,ある一時同じラボで切磋琢磨した仲間というのは,ただ単に同世代の同業者という以上の親近感があるのは間違いありません.

「Takashiは日本でどう?新しいプロジェクトは始まった?」――ウィーンはドナウ川沿いの屋外レストランで,学会に集った元同僚たちと近況を語り合いました.日本へ移って早1年.慣れない学内の教育業務に追われ,ともすると世界から遠く離れてしまった気分になることもしばしばでした.今回ウィーンを再び訪れて,自分には欧州で培った仲間がいるということを改めて実感しています.世界中に散らばり活躍する彼らと議論ができるような良いサイエンスをこれからも続けたい.今,決意を新たにしています.

2015/10/19

関連タグ
留学中編, ,
人と人との絆
留学のすゝめ!
編集後記
土松さんの文章からサイエンスの楽しさが伝わってきました.アメリカ西海岸の雰囲気はとても自由なものなのでしょうね.その雰囲気をそのままオーストリアで維持し続けている元ボスも素晴らしい人なのだと思います.海外で得られる人との出会いはかけがえのないものですね.日本でも自由闊達なサイエンスを展開していきたいものです.
編集者
本間 耕平
UJAでは留学体験記を執筆して下さる方を随時募集しております。ご興味のある方は、UJA留学体験記編集部までお気軽にご連絡下さい。留学体験記 編集部: findingourway@uja-info.org