ピアニスト、ピアノ講師
稲島早織
ピアニストとして世界を舞台に活躍する稲島早織さんが、彼女の音楽人生を彩る貴重な経験を語ります。北海道と千葉、ポーランドとの出会いから始まったピアノへの情熱は、今や世界各地でのコンサートやYouTubeを通じて広がっています。彼女が音楽を通じて感じた感動や挫折、そして挑戦の軌跡をお楽しみください!(UJA編集部 赤木紀之)
はじめに
UJA Gazette読者の皆様、初めまして。ピアニスト&トイピアニスト、ピアノ講師の稲島早織(いなじまさおり)です。私は北海道札幌市で生まれ、2歳のときに父の転勤で千葉県に来たのを機に、千葉県に住んでいます。また母の故郷である北海道紋別市を第二の故郷のように大切に思っており、昨年ピアニストデビュー10周年コンサートを千葉県船橋市と北海道紋別市で開催しました。現在は世界各国での演奏活動と、千葉、東京、神奈川、山梨でピアノ講師をしています。今回は海外挑戦でしか得られなかったと断言できる、私の音楽経験の数々についてお話ししたいと思います。
ピアニストを目指すキッカケとなった『ポーランド』との関わり
私は2歳から音楽教室に通い始め、5歳から本格的にピアノを始めました。練習のときには母が「練習が終わったら好きな曲を弾こうね」と言ってくれて、課題の曲だけでなく、ジブリやポップスの曲を弾く時間も大好きでした。小・中学生の頃は休み時間に音楽室に行って、友だちのリクエスト曲を弾くことが私には本当に幸せな音楽交流の時間でした。私にとってピアノは、最も大切な表現手段になっていきました。
小学5年生からは、ショパンの祖国であるポーランドに留学経験のある楠原祥子先生にピアノを習い始めました。中学生になると毎年のように、来日されたポーランド人の先生のレッスンを受ける機会に恵まれました。レッスンをしてくれたのは、『ショパン国際ピアノコンクール』の審査員長を務めていたアンジェイ・ヤシンスキ先生や、ヘッセ=ブコフスカ先生、イェジー・スリコフスキスキ先生など、ショパンへの愛情にあふれた素晴らしい先生方です。
私がプロのピアニストになりたいという強い意志を持つようになったのは中学2年生のときです。先生方の影響でショパンが好きになり、同コンクールの生配信をみたことがキッカケです。「世界には、自分とあまり歳が変わらなくても、こんなに人の心を動かす演奏をする人たちがいるんだ!」「私もこんな演奏ができるようになりたい!」と奮い立ちました。
その後、音楽高校・音楽大学での卒業試験でもショパンの作品を演奏して卒業演奏会に選出されたり、『ショパン国際ピアノコンクールin ASIA』アジア大会では銅賞をいただいたりと、ポーランドとの関わりを持てたことは、私がピアニストを目指す大きな原動力になりました。
小学5年生のときの発表会の様子
ポーランドでの海外初コンサート
私が初めて海外に行ったのは、桐朋女子高等学校音楽科に通っていた2年生の夏休みです。楠原先生がお声がけくださり、イェジー・スリコフスキスキ先生のご自宅でプライベートセミナーを受講しました。
レッスンの他に、コンサートに2日間出演させていただき、多くのポーランド人の方の前でピアノを演奏しました。現地では楠原先生にポーランド語を通訳していただく形でコミュニケーションをとることができました。私自身のコミュニケーション手段は音楽しかなかったため、とにかく音で表現することに集中しました。これが私にとって、音楽が世界共通語であることを実感できた初めての体験です。
コンサート終演後の立食パーティでは、聴いてくださった現地の方々と一緒にご飯を食べたり、各々自由にピアノを弾いたり踊ったりと、素晴らしい音楽交流の場を持ちました。その時の「演奏する人」と「聴いている人」に分かれていない、みんなで参加する自由で楽しい音楽体験が、私が今でも意識し続けている、音楽を通じたコミュニケーションを第一に大切にしたコンサートづくりに繋がっています。
ポーランドでのコンサートの様子
夢の舞台で味わった挫折
大学4年生のとき、ついに夢であった『ショパン国際ピアノコンクール』に挑戦しました。まずはコンクールに向けて日本で開催されていたアジア大会の派遣部門に出場してコンクールへの推薦状をいただきました。そして、その推薦状とともに申し込み用紙と映像審査用の動画をコンクール事務局に送りました。
映像審査用の動画は、当時住んでいた千葉市のホールを借りて撮影しました。一度撮影した動画を見返したところ、どうしても納得がいかず、母と相談して「やっぱりもう一度撮り直そう」と、再度ホールを借りて撮影し直しました。当時、ここまで自分の演奏に向き合ったことがないと思ったほど、自分と音楽に向き合った、かけがえのない時間でした。
その後書類審査と映像審査を通過し、ポーランドへ予備予選を受けに行きました。結果的には、世界のレベルの高さを痛感し、本大会への出場権を得られないという、初めての挫折を味わいました。このコンクールに向けた努力の過程と悔しさは、国内の『ピティナ・ピアノコンペティション特級』への挑戦に繋がりました。このコンペティションでは、素晴らしいピアニストが揃うセミファイナル7名の中に選ばれ、彼ら彼女らとの出会いも、私がさらに前に進むためのエネルギーになりました。
ポーランドで開催されたショパン国際ピアノコンクール予備予選の様子
チェコでの公演をキッカケに結成したピアノデュオ
2014年には、チェコに約3年間留学していた大石真裕さんと『ピアノデュオ 稲島早織&大石真裕』を結成しました。そして、大石さんが完全帰国する前の2015年には、プラハにあるスメタナ博物館で初公演を開催しました。また2018年にはドヴォルザーク博物館とチェコ音楽博物館で演奏させていただいたり、日本でもチェコ共和国大使館で度々演奏させていただいたりと、今ではチェコも私にとって特別な国になっています。
プラハ滞在中はアイスホッケー選手のご両親が経営する民宿に宿泊していましたが、そこで出会ったのが、今回執筆のバトンを渡してくださった、アスリートとしても人間としても心から尊敬しているプロアイスホッケー選手の三浦優希選手です。
チェコのスメタナ博物館でのコンサートの様子
YouTube大型企画『世界一周演奏旅行』
現在、2023年に結成した『ピアノ&手回しオルガンデュオ PIANORGAN』の相方であるKojiKojiMohejiさんとともに、『世界一周演奏旅行』に挑戦し、その様子をYouTubeで公開しています。私は2020年より愛用しているKAWAI製のトイピアノ(ミニピアノ)、KojiKojiさんは自分でつくった手回しオルガンを持って行き、現地で演奏を聴いてくれた方々に楽器にサインやイラストを描いていただきながらまわっています。
世界一周は日本での仕事のスケジュール上、前半と後半に分けて途中で一時帰国をする形で実行しています。世界一周前半は、ニュージーランド、シンガポール、タイ、カンボジア、インド、エジプト、チェコ、ドイツ、スイス、イタリア、後半はヨーロッパ各国、アルゼンチン、コロンビア、アメリカ、カナダをまわることにしており、その一時帰国中にこの記事を書いています。
世界一周前半は初めて行く国も多く、初めて見るもの、初めて聴く音、初めて嗅ぐ匂い、初めて食べる味、初めて肌で感じる空気・・・、常に「初めて」の感覚で五感が刺激され続ける素晴らしい体験の連続でした。また、おもしろくて笑っている時、美しいものを見て感動している時、子どもやペットが可愛くて癒されている時など、どこの国でも現地の方々とは様々な感情を共有できる機会にたくさん恵まれました。コンサートや音楽は、演出によって人と人との心の交流をより深められることを実感し、音楽交流の新たな可能性についてのアイディアが広がりました。
またYouTubeでいつも動画を見てくれている海外の方が、「トルコへようこそ!」とコメントしてくださってトルコの方だということがわかったり、「今タイに住んでいます!」とDMを送ってくださった海外の方と話が弾んだりと、SNSでの海外の方との交流もこれまでより増えています。
現地でトイピアノの屋根にサインやイラストを描いてもらっている様子
初めての英語MC付きコンサート
世界一周演奏旅行のカンボジア編では、私が東京で勤めているアノネ音楽教室と繋がりのある花まるグループが運営する『Japanese International School of Phnom Penh』で、全5公演の英語のMC付きコンサートをさせていただきました。コンサートの聴衆は2〜12歳の子どもたちとその保護者の皆様です。日本では100校以上の小・中・高・特別支援学校での演奏経験や、子ども向けコンサートへの出演経験が多数ありますが、英語でMCをしながらのコンサートというのは、今回が初となる大きな挑戦でした。
カンボジアはコンサートの文化がなく、ほとんどの方が「コンサートって何?」とコンサートの概念がない、初めて生演奏を聴く人たちばかりでした。プログラムを組むにしても、聴き手は知らない曲ばかりという状況です。しかし、いざコンサートが始まると、1曲目で楽器の音が鳴った瞬間から「Wow!!」という歓声とともに、自然と手拍子がわき起こりました。「音楽って凄い・・・!」と音楽の可能性を想像以上に実感できたとともに、自分が演奏家である意味を強く感じた、言葉では言い表せないほど感動的な瞬間でした。
結果的にコンサートは大盛況ののちお開きとなりました。全5公演あったので、お客様の反応を参考にしながら、毎回少しずつ演奏曲目や曲順を変えてみたり、現地で思いついた後ろ向きに座ってピアノを演奏する「背面弾き」という技を取り入れてみたりと工夫を重ね、最終公演では自分たちが英語MC付きコンサートとして、今できるベストの構成が完成しました。今後英語での公演も続けていきたいと、強く思っています。
ピアノとトイピアノ、手回しオルガンを用いたカンボジアでのコンサートで「背面弾き」をしている様子
すべての経験を音楽に変える
海外挑戦は私にとって、自分の可能性や視野を広げるものでした。自分のやりたいことをより明確にし、演奏活動への想いを強くしてくれた、自分の人生にとって欠かせない経験です。特に現在進行中の世界一周演奏旅行では、インプットしたけれどまだアウトプットして表現できていない世界がたくさんあります。まずはこの経験を音楽という形に変えて表現していきたいと思っています。そして今後も挑戦し続けることでインプットとアウトプットを繰り返し、音楽交流や表現の可能性を広げていきたいと考えています。
この寄稿の機会が、海外挑戦をされた方やこれから海外挑戦を考えている方との出会いや、何かの役に立つキッカケに繋がると嬉しく思っています。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
著者略歴
稲島早織
北海道生まれ、千葉県育ち。桐朋学園大学卒業、同研究科修了後、同大学にて嘱託演奏員を務める。ショパン国際ピアノコンクールin ASIAアジア大会銅賞、ピティナ・ピアノコンペティション特級セミファイナル入選、ルーマニア国際音楽コンクール2位など受賞多数。桐朋オーケストラ・アカデミー、東京YCN管弦楽団とピアノ協奏曲を共演。東京フィルハーモニー交響楽団の巡回公演に多数出演。文化庁主催学校巡回公演、青少年劇場巡回公演にて、100校以上の小・中・高・特別支援学校で演奏。ソロアルバムがiTunesワールドミュージックチャート1位。ピアノデュオの2枚CDがレコード芸術準特選盤に選出。ピアノとトイピアノを用いて演奏活動をしており、千葉県全54市町村、日本全国8地方、世界6大陸を演奏してまわりYouTubeにて公開中。これまでにピアノを飯田春美、楠原祥子、玉置善己の各氏、ソルフェージュ・和声を佐々木邦雄氏に師事。国内外のマスタークラスにて、数多くの著名なピアニストの指導を受ける。現在、後進の指導にもあたっている。
YouTube: @saoriinajima
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