執筆者 :高田 望
イラスト:小林 沙羅
執筆日 :2021年6月30日
国 名 :アメリカ・イリノイ州
所 属 :ノースウェスタン大学(博士研究員)
トピック:新型コロナ・Black Lives Matter・多様性
DOI : 10.34536/covid19-028
新型コロナ現状:米国では約3000万人の陽性者および60万人の死者を出した。州ごとの差はあるものの、ファイザーおよびモデルナワクチンの登場により、米国の人口に対する新型コロナウイルスワクチン接種の割合は現在46.9%。65歳以上の接種率は85%を超えている。しかし、変異株による影響もあるので、今後も細心の注意を払っていきたい。
自己紹介:私は2016年より家族で渡米しノースウェスタン大学医学部でポスドクとして研究留学している。主な専門は発生生物学、幹細胞学、遺伝学で、iPS細胞などに代表される幹細胞を用いた臓器をつくる(Tissue engineering)研究に従事している。ヒト・マウス大脳や網膜を構築する過程で、鍵となる遺伝子やエピゲノム修飾を見つけ、このような臓器の成り立ちの解明および再生の可能性を探っている。
世界中から研究者が集まる米国留学を通して研究者ネットワークを形成するため、シカゴを拠点とする科学コミュニティ、ノースウェスタン大学日本人研究者の会(NUJRA) 幹事および、シカゴ研究交流会(JRCC)(在シカゴ日本国総領事館による協力)の代表を共同でつとめている。また新型コロナ真っ只中、日本および海外在住の方々と連携でチームワークを形成し、仮想現実世界上フォーラムJapan XR Science Forum 2020 in US Midwestにおいて大会長および執行委員として学会の開催に協力した。
それらの活動を通して科学コミュニティ・一般社会にとって重要な研究を模索中。
(イラスト:Virtual Reality 体験 pikisuperstar, People vector created by pikisuperstar)
また、こよなく愛する街に還元するため、シカゴで最初に設立された語学学校Literacy Chicagoで準理事として運営に携わり、コロナ禍でも『Laugh your mask off at Laughs for Literacy』や『Voices of literacy』など無料語学教育を提供するための募金を含めたチャリティー活動を続けている。
まえがき:新型コロナによる世界規模のパンデミックにより、我々の生活は突如として激変した。医療崩壊の危機、莫大な経済的損失、教育体制の見直しなど、世界的に大混乱を招いたことは記憶に新しい。それでも、皆が助け合って生き延びるため、新しい試みや活動・テクノロジー・考え方が出現し、世界がものすごい勢いで変わっていく様を目の当たりにした。コミュニケーションやPersonal distanceに敏感な米国に住む人たちにとってSocial distance+Face coveringはとてつもなく大きな壁であったと思う。今回、この記事では、新型コロナ蔓延後の身の回りの変化を端的に述べつつ、シカゴで起こったショッキングな出来事にフォーカスして、ありのままを紹介していく。
研究室では:2020年米国でのロックダウン後、私の所属研究所Simpson Querrey Instituteでは授業やセミナーが全てオンライン化された。出勤のシフト制度導入、ラボの維持を担当している研究者やテクニシャンはEssential workerとして登録された。ラボによって異なるが、実験動物の数は平時の50%から25%まで劇的な縮小を要請され、最小限の維持でパンデミックを乗り越えることになった。同じDepartmentでは、家庭の事情や母国との関係で留学を早期に中断する研究者も見られた。
生活面では:ロックダウン直後は、飲食、医療、教育などに関して、これまで不自由なかったはずの生活に様々な歪みが見えてきた。一方で、新しいボランティアやチャリティ活動によって、そのような歪みを補正、穴埋めするような動きが早々に出てくるのはやはり人種のるつぼ米国ならではであろうか。例えば、コロナ感染のリスクが高い、お年寄りや、基本疾患にかかっている人への手助け買い物代行するボランティアShopping-Engel、また医療関連のボランティアIllinois helpsなど、多くの活動が出現した。まだまだ改善の余地はあるが、困っている人を助けたい、必要とされるものをシェアしたいという精神は米国文化の支えとなっている。この危機的な状況でも身を削って私たちの生活をバックアップしてくれたボランティアの方々に感謝している。
一方で、経済面ではこれまで動いていた歯車が外れ、失業率が14.8%、雇用募集率が3.4%と驚くべき状況に直面した。私の妻もこの影響を受け一時期失業したが、失業保険でなんとか生活費を維持しつつ、雇用募集が復活したのを見て、急遽掛け持ちでアマゾンと保育園の先生のパートタイムで生活の復帰に成功した。現在はCheiron-Giftsによる家族支援を受けながら、我々の生活も持ち直してきている。
執筆時現在イリノイ州はワクチンのおかげでコロナ陽性者数も激減し、Phase5に移行した。Uber Eatsなどのデリバリーでしのいできたレストランは人数制限を解除し、コロナ前とほぼ同じように営業している。シカゴ発祥のブルースや大きなイベント、サービス業がなども復活し街に活気が蘇ってきたことを心から喜んでいる。
Black Lives Matter:2020年の初夏、コロナでの自宅待機、ロックダウンの制限が限定条件で緩もうとした時期であった。ミネソタ州でとんでもない事が起こった。白人警官がアフリカ系アメリカ人のGeorge Floydを殺した疑いが持ち上がったのである( 記事や写真はWikipediaのMurder of George Floydに掲載されている)。瞬く間に、シカゴ市街界隈では、『Black Lives Matter』とうたって人種差別反対のデモ行進や、それに便乗した過激派による街の破壊活動が始まった。コロナ禍の閑散とした街中の高級ブティック(グッチ、シャネル、ルイヴィトン、ティファニー)の破壊、侵入、略奪によりシカゴの街は見るも無惨な姿になってしまった。一般市民は、スーパーに日用雑貨や食料を買いに行くことさえ出来なかった。当時のシカゴ警察の体制では到底、これらの破壊行動を抑えきれず、警備防犯活動が全く機能を失ったかのように見えた。
シカゴのダウンタウンへの攻撃を軽減させるために、公共の橋などを含む通路を封鎖したが、効果も虚しく日夜、破壊活動がエスカレートする一方だった。、パトカーが破壊される様子は悲惨極まりなかった。警備防犯の強化のためヘリコプターが深夜のパトロールをしていたものの、多くのシカゴ市民は夕方5時以降、外に出たり子供を外出させることすら、恐れたのではないだろうか。
(過激派に店を襲われないように、板張りにしたセブンイレブン。)
シカゴは人種の’るつぼ’なだけに、人種差別に関連する事件の影響力は計り知れなかった。この事件を受けてシカゴ近辺の病院ではアフリカ系アメリカ人への差別・偏見をやめようという運動が起こった。警官がひざまずく様子も印象的であった。これら一連の出来事は、素晴らしい街シカゴを知っているからこそ、忘れ難い脳裏に焼き付くものだった。
多様性とは他を受け入れてその価値を理解する事:米国は多民族国家であることは周知の事実である。それは豊な文化や、考え方、多様性などを産み出す強い原動力であることは疑いない。しかし、裏を返せば、人種差別に火がついた時は、大都会が機能不全になるくらい取り返しがつかない事態に陥る。
人種問題をより深くいろいろな角度から理解するには、多様性に関する各々の潜在性The Diversity Icebergについて見つめ直す必要があるだろう。コロナ禍かつGeorge Floydの死の後、米国市民は改めて多様性について議論やトレーニングをする機会を得た。筆者も提供されたDiversity & Inclusionのトレーニングをしっかりこなし、かつ色々な国の人が100人程度集まった議論の場で、一人一人の考えを交換した。これらを通して、私は今まで見えていなかった多様性を巡る課題の根深さを目の当たりにした。人間である以上、見た目や皮膚の色、職位に惑わされることはあるが、自分の持っている偏見や見方を短期間で変えるのは難しいと感じられた。それでも、トレーニングと意見交換を繰り返せばやがて、それらを克服できると信じている 。
(イラスト Diversity:小林 沙羅)
さいごに:この約一年は今まで米国で過ごしてきたどの一年よりも激動で、同時に反省と学びの収穫を経て大きな変化を受け入れた年ではないかと思う。私にとってメタモルフォーシスな年だった(河野 龍義さんのお子さんより閃きをもらって)。また日本および米国西海岸・東海岸・中西部、他の大陸へ留学しておられる日本人研究者の方々との交流および産学官の連携が増えたのは何よりも嬉しい出来事だった。
最後にコロナ禍において身近に支えてくださったコミュニティの皆様、友人、家族に感謝の意を表したい。まだまだこの先変化が起こりそうですが、皆さんはこの一年を振り返って如何だったでしょうか?
(著者:高田 望 )